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熊本駅の武者返し

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03 /20 2019

熊本駅の駅舎がリニューアルしてます。先週末には駅舎完成イベントがあっていた模様。以前の白壁のレトロな駅舎から様変わり。


3月9日。白川口(東口)出口から外を見たところ。急ピッチで工事が進んでいてその日の帰りがけにはアスファルト面が増えていました。


3月14日。現代風の駅舎。設計は安藤忠雄氏。熊本城の石垣「武者返し」をイメージしてあるそうです。写真ではわかりにくいですが、壁面が城壁らしくゆるやかに反っています。平な部分には駅ビルが建つらしいです。以前の駅舎はかわいらしい感じだったのでほんとにイメチェン。今度の駅舎も素敵です。

小学校を終えました

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03 /17 2019
一昨日小学校の卒業式があった。
末っ子の卒業ということで、私も小学校とお別れ。
長男が入学してからを数えると14年間。

卒業式は平日の金曜日だったけれど、父母一緒に式に参加している人が7割か8割で、これは8年前の長男の時に比べてかなりかなり多くなった。

ほか、卒業式で多くなったもの。
男子に関して言えば、ほとんどの子がスーツ。うちは長男と次男の時に着せたシャツ、V字のカーディガン、ズボンで参加。カーディガンは他にあと一人だけ。あと袴が三人くらいでした。末っ子はその日の朝まで「パーカーで参加する(公園で遊ぶからすりきれている)」「普段着でいいと先生が言った」となんやかんや言っていたけど、式っていうモノがどんなモノかちょっとは分かってくれたろう・・・。

『パンの耳』①

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03 /17 2019

2018年/12月1日発行

2017年生まれの「フレンテ歌会」。メンバー14名による15首連作とエッセイが載っています。ページを開くまで15首連作とは知らなくて驚きました。歌歴は様々とのこと。外の世界と身体が直に触れ合っている感じが伝わってくる作品が多くとてもよかったです。連作のなかから一首づつひきます。


みどり濃き古墳のようなわが身体ふかきところに水をたたえて 
/添田尚子「蒸した真昼」

深々と呼吸しているような、静かな力を感じる。今まで古墳の性別を考えたことなどなかったけれど、古墳は女性なのかもしれないなとこの一首から思った。題名にある「蒸す」感じが一連に漂っています。

紫陽花のひとひらほどの水差せばふわりと開かれてゆく香り
/升本真理子「モリアオガエル」

ウイスキーに水を差す。ほんの少しの量を「紫陽花のひとひらほど」としたところがきれい。香りが開かれてゆく、というのも紫陽花が咲くようだ。連作ではウイスキーの時間の積み重なりのなかに、モリアオガエルの時間がすっと入り込んでいるところがいいと思いました。

ただいまと声だけ聞こえ玄関に水色リュックが転がっている 
/佐々木佳容子「風の匂い」

水色リュック。水色という自由な感じの色がいいなと思った。帰宅してすぐどこかに遊びに行く子。段々と手が離れていく子にうれしさと少しのさみしさ。題名にある「風」が似合っている。

群れ咲けど群れ咲くほどの静けさが菖蒲の池に渡れぬ橋が
/鍬農清枝「夏燃えて」

表現のしかたに静かな迫力と重みがある。結句の「渡れぬ橋が」という、途中で終わったような表現に作者の想いの深さ、諦めのような寂しさがあるように思う。

夕暮れにくらき鳥居をくぐり抜け翅のびろうど濃くなってゆく 
/弓立悦「シンメトリーの翅」

薄暗いなかに浮かぶ鳥居の陰影。かすかな光を捉えて艶めく蝶の羽のびろうど。色彩が美しい。鳥居がもう一つの世界への門、入り口であるような不思議さがある。

日野川の砂州の先なるふるさとの漁港にあがる鮪届きぬ /木村敦子「海峡」
ふるさとの漁港と自分との繋がりが、ごくごく自然に詠われているなあと思う。詠いかたも、さらさらさらとしていて読みやすい。あっさり詠んでいるけれどふるさとを親しみを持ち想っていることが伝わってくる。

鏡売りが鏡を売りに来し頃の市ひらかぬか影は反射す /甲斐直子「鏡売り」
鏡売り。今まで「鏡売り」ということを考えたことあったっけ?不思議な感じで楽しく思った。作者はその頃の市が開かないかなと想っている。実際に見たことがない市だけれど「影は反射す」という結句に動きがあって、市のきらめきと賑わいと感じる。

娘との婚を決めしと現れた大きなおとこ頭ぶつける /小坂敦子「蒙古斑」
外国人と結婚する娘のことを詠った連作。相手の人となりが分からない時分でのこのような出来事。作者にほっとした安心感を与えたのではないかなあと思う。

思い出の濃度はときにかわるからここでしばらく珈琲を飲む 
/岡野はるみ「夏の虹」

思い出のその出来事自体は変わらなくても、自分の気持ちの濃度の違いから変わってしまう思い出。何か一つの思い出を想い、それが勝手に濃くなってゆく。珈琲を飲めば濃淡が均される感覚だろうか。ココアは甘いし、ここは珈琲なのだろう。

ひとりでは届くことなき深さまで潜りぬ互いを錘となして 
/松村正直「みずのめいろ」

「互いを錘りとなして」がとてもいいと思った。潜るというのは力がいるし苦しい。自分だけでは力が足りない時に錘になってくれる人の存在とその深さが思われる。深いところにある静寂や孤独、そういうものを感じます。

花の名を知らない夫の散歩道アガパンサスの咲いている頃
/林田幸子「アガパンサス」

アガパンサスをアガパンサスとは思わないまま散歩している夫のことをほわりと想っている作者。作者は、この時期あの辺りにはアガパンサスが咲いているとよく知っていて、夫と対照的なところが面白い。

水音を聴こう川辺にうずくまり耳ひとつづつ流してしまう 
/河村孝子「水の絃奏でる挽歌」

むむむ・・・。不思議な感覚が詠われている。ほんとうにひとつづつ流れてゆく耳の絵がみえてしまう。実際は一心に水音を聴いている、ということだろうけれど、耳を濯ぐかのように水音が満ちているように思えて、とてもいいと思った。

指先が覚えてつくる抹茶椀の凹凸ふたたび口元にあり /乾醇子「旗はねぢれて」
作者自身が作った抹茶椀。指先に触れていた部分が抹茶を飲む時に口元にくる。自分の身体の触覚が面白く詠われている。唇が触れるところだから凹凸をつけるにもとてもゆるやかにして、気をつけて作らないといけないのだろう。

透明になりゆく父の手をとりてわが身は遠くなりゆきにけり/𠮷田美子「腕時計」
水たまりに沈んでいたる空の雲石ころなげて壊しておりぬ /同

病床の父との別れをすぐそばに日を過ごす作者の気持ちが詠われている。一首目、父の手をとっているのにはるか遠くにいるような自分を感じたのだろう。二首目は、あらわな気持ちを表す言葉はないけれど、水たまりに映っている雲を沈んでいる、と見ていることが印象に残る。雲を壊すことを繰り返している動作に作者の寂しさを感じた。

塔2月号 作品2その4☆彡

03 /08 2019

続き☆彡

アパルトマンの壁が月ほどしろく照りいつもの角とはおもわずに超ゆ /中田明子
幻想的でとてもきれい。壁は、月の光をうけて照っているのだろうか。まばゆさに、作者が違う世界に入っていくような雰囲気が印象に残った。

手のひらにパールのピアスころがして痛くなければ飲みこみたかった /椛沢知世
小さく美しく光るパール。飲みこみたいという作者の衝動が面白い。痛いから飲むことは出来ないというパールのピアス、もし飲みこむことが出来れば、美しさだけではないものが作者の一部となる。もしかしたら、作者はそれが今欲しいのかもしれない。

うそつきで仲間はづれにあつた秋ひとりの下校がなぜかうれしく /河野純子
一人の下校。それがうれしい作者。クラスメイトから離れた場所にようやく行けた、というようなさばさばした自由さを感じた。

地面師と呼ばれる者らの来し方をなぜか知りたい行く末はいい /白井真之
「地面師」に絞って詠っているところが面白い。「なぜか知りたい」というふうに作者は自分でもよく分からないけど、気になっている。「なぜか知りたい」に作者の深淵にはなにがあるのだろうと、読んでいる側として気になってしまう。

生きるしかないから生きる平日の休みに映画館へも行って /田宮智美
平日の映画館、作者にとっては特に楽しいものではないようだ。生きている限りは一日を何かをしてこなさなければ、という小さな圧のようなものを感じているように思う。

コンビニの袋の取っ手を渡される触れない指のうつくしいまち /徳田浩美
日々を暮しているまち。暮らしにくいこともなく便利だけれど、作者とまちとがお互いに浸透するほどの近さはない。越してきて間もないまちなのだろうか。いつか離れる一時的なまちなのだろうか。「触れない指のうつくしいまち」がとてもいいです。


塔2月号 作品2その3☆彡

03 /08 2019
3月21日に福岡市美術館がリニューアルオープンする。
”それにともない地下鉄「大濠公園駅」に「福岡市美術館口」という副駅名が付きました。今日は同駅入り口の表示の張替え作業が行われ、作業の方たちはてんてこ舞いの一日となりました”と、昨日の夕方のニュースが伝えていた(文中筆者による誇大表現あり)。大濠公園というのは市内にある大きくて気持ちのいい公園。美術館はその縁にあります。美術館、オープン直後は人が多そうなので見計らっていこうと思ってます。


パンクした自転車を押すこうやって父の車椅子もきっと押す /田村穂隆
パンクした自転車も父の車椅子も、何事もない明るい世界という場所からほんのわずか、はずれている。父の車椅子は実際にはまだ起こっていもいないことだけれど作者はそういう想いにふととらわれた。「きっと押す」という言葉の強さがイメージを鮮やかにしてると思った。自転車と父、どちらも作者にはさみしくまた大切なものなのだろう。

夕食の秋刀魚にレモンはおかしいと施設替えを母は言いたり /大江いくの
施設側は単にアレンジのつもりだったと思うけど、かぼすと秋刀魚という定番の形が崩れていることが大きな不安となってしまった。人から見ると些細なことでも本人にとっては大事なことというものはある。そこから不安になる、というの確かにあると思う。

頷いてくれるあなたを視界から外さぬように立ち位置決める /竹田伊波礼
「視界から外さぬように」。緊張感と「あなた」の存在の心強さが伝わる。作者の、やり遂げよう、という気持ちも伝わってくる。前に出て話す、というのはタイヘンだ。

楽しくない楽しくないよな、楽しくない。お前が居るからとりあえず学校 
/川又郁人

自問自答している上の句の自然さがいい。結句のポンとした投げやりの感じも一首のだるそうな気分にあっていていいと思う。

頸すぢに息が降り来ぬ密着の集合写真の上段はだれ /吉田京子
集合写真、例えば塔の全国大会の集合写真などはわっと集まって前後左右よく分からない。後ろにおいては全く分からない。ちょっとした得体の知れなさのようなものが「頸すぢに息が降り来ぬ」に表現されている。後ろをふり向くのはためらわれる、微妙な気持ち。

サンダルがなかなか脱げず足を振る女(ひと)が向かひのベランダに居る /松井洋子
サンダルが脱げずに足を振る、誰もが一度は経験しているような。時間にしてみればほんの数秒のことでも、サンダルを脱ごうとしている当人にとっては意外に長い。面白いワンシーン。

ukaji akiko

塔短歌会。福岡市在住。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。