『人魚』  染野太朗

歌集
06 /10 2017
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作者自身の心の奥底にあるものが流れ出しているような独特の雰囲気のある歌集だと思う。

会いたき人なくて夜明けは眼裏の海へ無数のわれが落下す

『人魚』を読みながら思ったことのひとつは、ここに歌われている<無数のわれ>のこと。

作者の目に映る他人や生き物。歌集にはそうした自分以外のいろいろなものへ〈われ〉を行き来させようとしているように感じる歌がある。その思いは刹那的で次の瞬間は〈われ〉に戻ってくる。〈無数のわれ〉というのは、在り得たかもしれない幾通りかの自分のことでもあるのだろうと思う。

水曜日の区民プールに浮きながらぼくを見ている脳性麻痺の子
公園を出てゆく野球少年の誰ひとりぼくでなしこの五月も
しがみつくあれはぼくだな新宿の高層ビルの窓のひとつの
略奪をし強姦をし殺人をしてわたくしは深く眠るのだろう海辺に
会いたき人なくて夜明けは眼裏の海へ無数のわれが落下す

五首目は、たくさんの<われ>がいるのにそのどの<われ>にも会いたい人がいない、という寂しさ。落下という終わりのような言葉が諦めのように悲しく歌われている。


また、他者を見るように外から自分を確かめているような歌もあり、これも〈無数のわれ〉のなかの〈われ〉と思って読んだ。

阿佐谷の北二丁目の豆腐屋で「あげを二枚」と言ってはみたが
吉祥寺ヨドバシカメラ四階でそっと扇風機を持ち上げた
わたくしは耐えていました脚二本四月五日のこたつに入れて


(続く)

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ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

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