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塔10月号 月集☆彡

11 /06 2018
いい天気が続いています。
昨日、家の用事で山口に行きました。博多駅のホームで新幹線を並んで待っていると、隣の列に県知事さんとそのお仕事仲間の方々とおぼしきグループがいらっしゃいました。並ばれてある車両が普通車自由席で意外でした。小倉で降りられるのかな(15分で着く)、・・など思いましたが、真相はわかりません。平日なので行きも帰りもすいていて、私も自由席でしたが三つ席に一人で座れてゆったりでした。


噴水の止みたるのちにもう水の出でざる孔(あな)に闇たまりゆく /栗木京子
枯れた噴水ではなくて、一日の噴水時間が終った噴水だろうと思う。昼間は人を憩わせる噴水の、夜の姿。水の出ない穴にもまだ水はありそこにたまる闇は闇なのに光も含んでいるように見える。夜の姿のほうが本当の姿にも思えてきます。

捨てる本捨てる本捨てる本大切のノートもこれを機に捨てる /真中朋久
「大切のノート」、どんなノートだろう。「大切な」ではなくて「大切の」という表現もおもしろい。自分が書いたノートか、人が何か書いていたノートか。自分が書いているのなら自分の一部のような気も。「これを機に捨てる」というのは、こうした「機」がないとこのノートをずっととっておく可能性もあるということだろう。「大切のノート」を手放す、本当の断捨離はこうなんだなと思いました。

亡き人を偲ぶがごとく語り合う幼きころの息子のことを /松村正直
ああだったね、こうだったね、と幼かった頃の息子のことをその姿とともに思い出し語る。幼かった頃の息子はもうおらず、その遠さは亡き人の遠さと同じ。今の息子はそういう優しい気持ちを思い出させてくれる存在でもある。

年取つてしまつた事を知らぬ猫小さくなりて息子の顔みる /岩野伸子
<年取つてしまつた事を知らぬ猫>。読んで、ああそうか、猫や動物は自分が年をとったなんて知らないのだと思い、はっとしました。老いて小さくなった猫と息子の来し方、作者の猫への眼差しが伝わってきます。

身のちから気の力なく洗ひたる湯呑み置きたるつもりの落下 /鮫島浩子
結句まで切れることない流れるような詠み方が歌の内容と相まっていていいと思いました。力のなさ、だるさ、湯呑み一つを洗うことも簡単ではなかった。

バスはもう眠るんだつてと子に言へば「おやすみ」と置くバスあふむけに /澤村斉美
小さな子は、周りの世界のものは自分と同じように生きていると思っているのかな・・・。親は寝させるために言っているけれど、言いながらちょっとさみしさもあるだろう。子どもだけが見える世界をまだ持っている子ども、いつかなくなる世界と親は知っている。仰向けのバスがじんわりときます。

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ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

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