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塔9月号 作品2 その1☆彡

10 /02 2018
今日はすっかり涼しかった。スーパーに買い物に行って、商店街には人がたくさんいるのに、ふっとさみしくなってしまうというのは日本人だからでしょうか。うわっと思って、一瞬あれほど暑くてこりごりと思った夏に戻りたくなりました。


我が歳の数だけ母の日はありてカーネーションは雨に濡れおり /深井克彦
明るい歌なのかと思って読んでいたので結句のさみしさにびっくりしました。さみしいけど、母への愛情を感じる歌です。この作者はお母様のことをよく詠まれていて、それもなにか、ある側面が見えるような歌がありいいなと思います。

ああ此処にすこし汚れがあるといふ認識しつつすでに十日よ /青馬ゆず
具体的に、と言われる短歌ですが、こういう歌い方はいいですね・・・。汚れを認識しながらきれいにしていない自分を認識してるおもしろさがあります。

どぶ川のどぶでなくって川だったころの面影欄干にあり /丸本ふみ
作者にとっては昔、川とそれにかかる橋はひとまとめにして「川」だったのではないかと思う。欄干だけがとり残されてしまったような寂しさ、作者の寂しさが伝わってくるような歌です。

こんなにも屋根がまぶしくひかること美寿々荘にすむ人知るや /山名聡美
光っている美寿々荘の屋根。作者はそれを少し遠いところから見ている。「美寿々荘」という名前なのでたぶん小さな昔風のアパートのように思う。そこに住んでいる人に、屋根の輝きを教えたいような、そして美寿々荘の人達はその輝きに気がつかないのかもしれない、と思っているような気持ちが切ないです。

客扱いしている街の路地裏を石けりしながら歩いてやろう /山田恵子
久しぶりに帰ってきた故郷なのだろう。自分のほうがこの街をよく知っているんだよ、と石けりをしながら歩く。石けりは小さい頃の自分かな。よく知っている道を余裕で石をけりながら歩く姿が浮かんできます。

本物のスズメと偽物のゾウを見たジャングルクルーズの舳先から /逢坂みずき
普段道でスズメを見ても本物だ、なんて思わない。アトラクションの作りものに囲まれている中、本物のスズメがひときわ本物のスズメにみえたのだろう。小さなスズメにそう思った点がおもしろいです。

通帳の在り処を母に叫ぶ父 錘を下ろすように火を見た /神山俱夫
火事で大変な状況のなか、作者は火を「錘を下ろすように」見つめてしまう。火から目を離せない作者、また作者の目を離さない火の力も伝わってくる表現だと思います。

母と蝉の脱皮を見てた夕まぐれ やわき世界の風に触れつつ /神山俱夫
子どもの頃の夏の想い出だろう。母の着替えを、蝉の脱皮の姿と重ね合わせるように見ている。親であり異性でもある母への思慕。「やわき世界の風」はやさしく通過していく少年の時期、そういうものではないかと思います。

子の影を午後の日差しが引き伸ばすゆたかなる背の若者ほどに /益田克行
ふっと、子どもの未来の姿が見えたような。頼もしく、もしかしたら、ほんの少しさみしさも感じたかもしれない。「午後の日差しが引き伸ばす」というのは、人以外の自然の力に推されるような力強さがある。「ゆたかなる背」もとてもいいな。

重いカバン、重たい顔の朝七時 自分のために普通をこなす /川又郁人
「普通をこなす」。簡単にみえるけど、こなせない時もあったりするから「普通をこなす」にも意思がいる。自分のために、というのが、がんばれ、と言いたくなります。(自分のことをしなくてはいけませんが、つい)

青空へ跳びあがるもの下りるものイルカへ旅の手のひらたたく /菊井直子
「旅の手のひらたたく」がとってもいい。高揚感、解放感、などが伝わります。音もいいです。楽し気。

九十四の母の愛読する雑誌最終号をためらいつつ送る /中村美優
高齢の母が楽しみにしている雑誌が終わることになった。これはさみしいだろう。母と並行して続いてきた雑誌。終ることで落胆するだろう母への作者の気持ちが伝わってきます。

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ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

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