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歌会の続きすこしだけ

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06 /28 2018
いつも参加している歌会ではない歌会、九大短歌会に参加して、歌についてあらためて考えました。

出されている歌にもよると思いますが、この日の歌会ではどの歌に対しても否定的な評が出なかったことが印象に残りました。読みについての発言はとても活発で違う読みがハキハキと交わされます。

帰宅したあと、私は自分に足りないもの、歌会の意味、批評の意味、歌会に必要なもの、作者の想いのこと、理想的な歌をイメージしておしつけてないか、とか、その他にもいろいろ考えることになり、今も考え中です。

会員の方たちは、評が楽しくてしょうがないという感じに見えました。

ふたまわり以上歳下の方々と歌会が出来てとても楽しかったです。自分も若くなったような嬉しい錯覚のおまけつき。錯覚が覚めた時は落胆しますけれど。

ありがとうございました!

九大歌会に行きました

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06 /26 2018


前記事と日にちが前後しますが、土曜日に九大短歌会の歌会に参加してきました。誘ってくださった女性の方がいて、嬉しいけどでも私は学生でもないし九大出身でもないけどいいのですか?と聞いたら代表の方に聞いてくれて「いいですよ」とお返事を頂きました。そんな経緯で参加させていただきました。

この日の参加者8名のうち…
男性1名、女性7名
学生6名、社会人2名
現役九大生3名、他大学生3名。
その場にいる人7名、遠方からスカイプ1名。

スカイプというのはパソコンを通じてこちらとやり取りをするテレビ電話のようなものです。若い人達は当りまえのように使っていますが私は今回初めてでした。

この場にいない離れている人と歌会ができるなんて。高安さんも見たらさぞかし驚かれることだろう。そんなに時が経ったわけでもないのに。歌会という昔からのものがスカイプなどの新しいものでされていることを不思議に思った。入院したり外に出にくい人も参加できるなとか、‘グッドモーニング ミスターフェルプス‘とか聞こえそうだなとか、いろいろ思っていたら歌会が始まりました。

時間がなくなったから続きはあとで。所属している歌会のことではないので詳しくはブログに書きません。楽しかった雰囲気だけをお伝えします。

企画展示に行きました

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06 /24 2018
福岡大空襲(6月19日)の時期に合わせて開催されている企画展示を市博物館に見に行きました。戦時期の政府の政策を反映した雑誌やポスター、駅弁のラベルなどが展示されています。



戦時下の情報発信を統一するために設置された内閣情報部(昭和12年)が出した『週報』『写真週報』。写真は『週報』のなかの歯磨き粉の宣伝。「長期建設にそなへて、今こそ健康総動員の時!」と書かれている。



貯蓄せよ、というポスターが何枚もあり、色やデザインは意外とハイカラなものが多い。書かれてある文句は威圧的な感じだった。



家庭から軍需品に金属を提供するのは昭和16年から開始、と書かれてあった。福岡市でも西公園の銅像や、大仏が提供されたということ。



駅弁のラベル。御茶附上等御弁当(博多駅)。「お互ひに御飯を粗末にせぬやうに致しませう」。


御茶附上等御弁当(門司駅)。「軍事を語るな」。


歯磨きの宣伝や駅弁といったものにまでスローガンが書いてあり、他の事や他の道を考えさせない仕方の怖さを思った。ここまで皆が同じ色同じ考え方のなか、自分だけは大丈夫、ということがいえるのか。そういうことをしっかり考えたいと思いました。

福岡市博物館8月26日まで。大人200円。

雨に濡れてもだいじょうぶ

ブログ・主婦通信
06 /22 2018

商店街で見つけたかわいい靴。1,480円。毎日の食費と比べてなんと安いことか。健康サンダルなどを売っている靴屋さんの店頭に出してあった。雨の日にスーパーに行く時いいよこれ!と思って買いました。

ビニールだから雨に濡れても大丈夫。ただ足はおかまいなく濡れるでしょう。

晴れていた今日履いたけど、ラメがキラキラときれいだったので晴れの日闊歩用にしました。

「九大短歌第七号」

歌誌
06 /21 2018


編集後記によると新会員3名の方の作品は次号から載るとのこと。会員作品は一〇、二〇、三〇、五〇首、の連作が並んでいます。ゲスト寄稿として、宮崎大学短歌会、福岡女学院大学短歌会のかたの作品。その方々とのライン座談会が載っています。地元の大学短歌会なので親しい気持ちで読んだ。



どうせまたあなたのことは思い出すそれまでせいぜい眠れよ海で /今村亜衣莉
「どうせまた」「せいぜい」など、すこし投げやりな感じ。だけど「あなた」のことは思い出したくないというわけでもないようだ。海という常にあるもののなかに留まらせている距離感がいいと思う。

俺の時給一時間分のカシオレを排水口へ流しゆく、ゆく /長友重樹
「カシオレ」、カシスオーレというのがあるのだろう。作者の時給と同じ金額のカシオレ。お客が残したカシオレを捨てに行きやるせない気持ちになる。だけどいちいちその感情に立ち止まらずに、バイトの身はゆく、ゆく、だ。

冷蔵庫の菜の花が咲く私にも待つべき人がいたかもしれぬ /海老原愛
菜の花畑から刈られてきた一把の菜の花が、冷蔵庫につめたく咲いている。瞬間、自分には待つべき人がいたのではないかと確かめようもない思いが強くよぎる。いい歌だと思った。

四月、ぼくはあらゆる向きと不向きから逃げたくて百葉箱の陰 /松本里佳子
「不向き」からだけではなくて、「向き」からも逃げたい。確かにそういうこともありそうだ。百葉箱は外気から守るように出来ているけど、中に逃げるのではなくて「陰」としたところがとてもいいと思う。

もうずっと捲ってなかったカレンダー 明日の日付に明日と書き込む /大庭有旗 
忙しい。きちきちできていない。滑るようにして毎日をおくっていたのだろう。今日からはきちんとしようと、落ち着いた明るい気分がまじめな冗談のように「明日の日付に明日と書き込む」をさせたんだろう。

千切りのキャベツを死ぬほど食べる夜お別れを言わず居なくなる人 /真崎愛
千切りのキャベツ。どんなに食べてもカロリーはそう高くない。あれば食べる、なければわざわざ用意してまでも食べない、というような品だろう。そういう、薄さが「お別れを言わず居なくなる人」につながるのではないかな。

脳内で鳥居に翼を生やしたら見えないところへ逃げちゃったんだ /黒川鮪
「鳥居」の「鳥」に翼をつける。よくそんなことを思いつくものだ。鳥居、日がな一日じっと立って人々をくぐらせてばかり。疲れて逃げていったように思った。

雨のるるるると流れていく肌にことばは水溶性だと思う /石井大成
雨のるる、るるのリズムで読んだ。雨の粒は肌に溶けることなく流れているけど、投げかけたことばは見えない。その雨の粒に、雨の粒をとおして身体に溶けていく。

入院する君の分の朝顔を育てるいろんなことが遅い /菊竹胡乃美
「いろんなことが遅い」。いろんなことなのだろう。入院する君が抱えているもの、朝顔の育ち、朝顔を育てる作者の気持ち、などを思った。育っていく朝顔があることが大事なことのように思う。

入念に歯を磨きおり十代をあと十分で終えねばならず /久永草太(宮大短歌会)
十代を完璧なかたちで終わらせたい、という気持ちだろう。最後の仕上げが歯磨き。「入念に」に意気込みを感じる。はたから見ると最後の十分を歯磨きに捧げるまじめさがおかしい。

塔5月号 作品2、若葉集☆彡

06 /21 2018
梅雨の晴れ間。
そして、今日は夏至だった。


スーパーのレジの係を叱る老い諫める人なき店の広さよ /桝田紀子
店の広さよ、で考えさせられた。狭ければ確かに状況は違うかもしれない。広いスーパー、広いぶんなにかが薄く、他人事のようになるということだろう。

わが怒り人より先に立ちすぎて人をぼんやり置き去りにする /高阪謙次
怒った後、気持ちの置き所がないような感じだ。怒りも受けとめてくれる人がいないと怒った意味もなくなる。「ぼんやり置き去りにする」の表現がいいと思う。

「人」とう字百をかけどもこれという「人」に会わずや雪舞う朝 /土門順子
「人」という字のことをいっているのだけど、「これという人に会わずや」とあり、生きている「人」のことが想像されおもしろい。

鳥のいない鳥の巣のような沈黙であなたと電話がつながる夜更け /春澄ちえ
鳥が飛び去った後のしんとした鳥の巣。「沈黙でつながる」という表現がいいと思う。それははさみしいのかさみしくないのか。あたりさわりのない言葉をいうさみしさ、それと比べたらどうだろうとか考えた。

(若葉集)
努力してないからダメか努力してないからダメか努力してない /小西白今日
反省を繰り返しているのにそこから上手くできているかといえば出来ていない。出来ていない自分で歌が終っている。そして、そこからまた「努力してないからダメか」とのフレーズが続きそうだ。

加茂川の東何気によく見てた僕は比叡を「お山」と呼ぶが /同
「僕」にとっては、というところが大事なんだろう。「お山」って普通の言葉なんだけど「お山」で今までやってきたんだから、という気持ちかな。

空に舞う豆の写真を寄越す父「豆を頭から浴びる喜び」 /瀧川和磨
「空に舞う豆」に魅かれる。節分の写真だろう。楽しいお父さんだ。読んでて幸せな気持ちになる。

卒業のあくる日のあさコンビニで私服すがたのともだちに遭う /永野千尋
自分もともだちも今までと何かがはっきり違う。それは何?といわれると自分でもわからないような、予感みたいなものだろう。

誰だかが落とした一粒のフリスクも運ばれていく阪急梅田行 /久野菜穂子
電車のなかは同じ方向へ行くもの達が乗っている。小さいフリスクも一緒。拾われることないフリスクを作者はしばらく見ていたのだろう。

播磨屋の鬼平はもう終はつたと天の両父に報告をせり /本田葵
亡くなった二人が好きだったテレビ番組についての報告。何気ない会話のようなつぶやき。人が亡くなって、番組も終わって、すこし寂しい。両父に報告というのところもいいなと思う。

塔5月号 作品2その2☆彡

06 /17 2018
前記事の打刃物店ではないけど「鉄は熱いうちに打て」。

6月号がきていますが5月号をしています。



明けやらぬ空に昇れる繊月のあすは姿を見ること無けむ /丸山順司
どんな形か具体的に詠っていないけど、消えいるように薄い細い月が見えます。

この世には階段がある階段でぼくを担いでゆくきみがある /多田なの
「この世には階段がある」、という普通のこと(歌にそう詠むことは普通ではなくておもしろい)。そしてその普通の階段で作者を担ぐ「きみ」は普通ではない存在。

ひらがなを覚えしころのひらがなの「なぎさホテル」の白黒写真 /今井由美子
「なぎさ」、「ぎ」と「さ」も似ているし一生懸命読んでいたのだろう。ひとつの記憶があるものと結びつくおもしろい歌。「なぎさホテル」の名前もいい。

カーナビの道案内は時として不安を感ずる道へ導く /小山竹浩
怖い。道案内が単なる道路の間違いだけならいいけど、とも思う歌。不安を感じる、いう感覚を作者が持っているのでほっとする。

結婚式終はり花かご持ち来たる花嫁の母何語るなく /道満光子 
「何語るなく」がとてもいいと思う。花かごにあるとりどりの色の花、「何語るなく」の母親の気持ちと通じるものがあるだろう。

野の果てに沈む夕日を見たくなりバスを降りたり枯れ野のただ中 /内藤久仁茂
野の果てに沈む夕日を見たい、バスに乗っている間にそう思った、というところ。夕日を見に行くためにバスに乗る、というのとはまた違う。

後輩は丸いほっぺを光らせて産休という木立に消える /中井スピカ
産休を木立に見立てていて、おもしろい。木立のなかの見えそうで見えないところ。「丸いほっぺを光らせて」に後輩の描写もいいと思った。

庭先の楓の幹を叩きたる父よ蝉の声に怒りて /ぱいんぐりん
父の性格の一面が見える。怒りっぽいというのもあるのか。蝉の声というどうにもならないことにも向かっていく。蝉に対してこうならばけっこう周囲に厳しい父だったのだろう。

隣り家の壁が日差しの色合ひの移ろひゆくを一日映しぬ /益田克行
壁そのものを詠んでいるところがいい。もともとの壁の色は何色なんだろう。とても穏やかな歌。

すっぴんにメガネをかけてマスクして最近ほしいものは印泥 /山名聡美
お化粧っ気も要らない、すごくすごく自分だけ。印泥は朱肉のような手軽さと違い「本物」という重みがある。「本物」を求めてる、そういうことかもしれない。

塔5月号 作品2その1☆彡

06 /17 2018
6月号が届きました。ありがとうございます。
このところ、この時期にしてはややさらっとした風が吹いていて気持ちがいい。


病み上がりに食欲戻らぬ子が泣けりお前の海老を寄越せと泣けり /井上雅史
リズムがとてもいいと思う。「お前の海老を寄越せと泣けり」、子どもの駄々はいつも必死。

寝坊してよい日の夜から起きる間のいつが一番幸せだろう /丘村奈央子
うーん、いつだろうか。明日は寝坊できる、と思った瞬間の幸せ。夜更かしの幸せ。寝ている間にとても幸せな夢を見る、ということもあるかもしれない。

やうやくに雪掻く音と分かりたる臥せりて聞きし小さき物音 /黒嵜晃一
遠くの小さい音が徐々に自分の家の近くへと近づいてきて雪掻きだと分かった。音だけで風景が見える歌でいいなと思った。

幼少期にソフトクリームおごりしと成人女性にお礼いただく /武井貢
「成人女性」がおもしろい。作者の驚きと少し戸惑うような感じ、それと嬉しさ。女性にとっては幼少の頃のソフトクリームが格別嬉しい思い出だったんだろう。

コンビニに荷を卸しゆく男らが腰を示して雪深さ言う /富田小夜子
いろんな地域をまわってくるドライバー兼配達人。「ここまで雪があったよ」という仕草。作者はそのやり取りを見ていたのだろう。

働いている人の歌は好きで見つけるとうれしい。働く人が作者本人でも、作者が見ている情景でも。


若者がハンマープレスで鉄を打つ打刃物屋にゆきのした咲く /中山大三
若者のハンマープレスとゆきのした。どちらも力強さがあって、どことなく静かな独りを思わせる。ハンマープレスはプレスハンマーというのが一般的なようだ。作者は福井の方、近所にあるお店でしょうか。「金物屋」「刀剣店」とはまた違った雰囲気。

冬の朝ガラスのむこうの神様に手を合わす パンの匂いがする /吉岡昌俊
「ガラスのむこう」ということから、神様の遠さを思う。神様に手を合わせながら「パンの匂い」という自分の生活の世界にふっと引き戻される。

ある歌を読みて仕事を辞めること踏みとどまれどやはり辞めにき /逢坂みずき
歌によって励まされたり、自分も頑張らないと、と思う。けれど、最後は自分の心にしたがう。

水銀は静寂(しじま)のなかを滑りだし四十度線越えてゆきたり /近藤真啓
「静寂のなかを滑りだし」、高熱の時の水銀の伸び方はほんとうにそう。体温計のことを詠んでいるけど、どこかよくわからない平原に居るような雰囲気がある。

「続きはこんど」と告げた絵本を読みなおすことは無かった おしまい 
/中山靖子

字足らずの「おしまい」の中途半端さがいいと思った。その時は続きがあると思っていても「無かった」ということ。そういうことが起きる寂しさ。

塔5月号 月集、作品1☆彡

06 /12 2018
紫陽花が目に涼やか。スーパーまでの行く道道に咲いている。紫陽花もいろんな詠まれかたをされる花。悲しかったり、嬉しかったり、怖かったり、とか。紫陽花の歌が載るのはは八月号くらいか。


新聞の隅隅までを読む人がひと月の購読を約し下さる /稲垣保子
新聞を隅隅まで。すごい。丁寧に読んでくれる人との契約は嬉しいだろう。ひと月読んだ結果、購読を続けてくれるかがまたどきどきではないかな。購読=面白い誌面、ということの。

このセーターは熱を出すわいと言ふ父ゆきて八度目の冬 /大橋智恵子
熱をだすわい、の素の話し方がいい。八年経っても思い出す普通の言葉。セーターはまだ家にあって見ると思い出すのだろう。字足らずはちょっと惜しいと思った。

石畳の道の余情は思はずに白杖の先で叩いて歩く /刈谷君代
無事に歩くことが何よりも大事。余情は思わないとしているけれど、伝わってくるものがある。

同門の絆は固いゆづくんはハビエルくんと抱擁したり /新谷休呆
オリンピックの一位と三位。二位は日本の宇野選手。国別対抗の祭典だけど同じ師についているから、こうなる面はある。ひらがなの「くん」が歌をやわらかにしてると思う。

町医者の待合室の窓にいた二両電車が駅を発ちゆく /向山文昭
「窓にいた」がおもしろい。電車が発ち、窓枠だけ残ってカラの額縁のよう。ほのぼのした歌。

パチンコ店勤務の女になりたしと夫に告げて透けゆくわたし /吉岡みれい
本気とも本気でないともいえるような呟き。なにかいっぱいいっぱいのような気がする。透けゆくわたし、は何者でもなくなってしまう自分だろうか。

雪雲の空を覆える夜はただ人をやすみて怪談を聞く /金田光世
「人をやすみて」。人との関係、そこから生まれるいろんな感情をしばしやすむ。怪談の怖いという感情だけにしばらく身を任す。それは気持ちが落ち着くのだろう。

めつたに来ぬ客を待ちゐて人は立つ昆布屋の暖簾白く短い /筑井悦子
おもしろい場面と思った。ゆらゆらする暖簾は昆布と似ている。

九か月のわれに<砂糖が必要>と 昭和十八年「體力手帳」 /村松建彦
「體力手帳」、母子手帳に似たようなものかな。この時代は砂糖もふんだんには手に入らなかったのだろう。「體力」の旧字に昔なんだと感じる。

アイロンは必ず夜に掛くるもの疑いもなく日没を待つ /山崎大樹
笑ってしまった歌。アイロン、日没まで待たなくてもいい日もありそうだけど、「疑いもなく」、「日没を待つ」の断定。アイロンの小さな日常と並んだ大げさな感じがおもしろい。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!