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まじまじと見てしまいたり

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04 /24 2018
マンション入口に貼られている民泊禁止の掲示物。



福岡市はホテル不足で民泊が問題になっています。

それはさておき・・・。

ここには4つの言語が書かれています。日本語、英語、中国語、韓国語。
・・・日本語だけ、表記が3つもある。

知ってるよ!と思うでしょうけど、こうして他の国の一つの表記しかない言語と並べて眺めるとつくづく不思議。日本人のほとんどの人が使い分けているんだと思うけどそれもすごいんじゃないか・・・。

そしてさらに。

使い分けを知ったうえで(漢字、カタカナを覚えたうえで)、あえて漢字をひらがなにしたりカタカナにしたりしているんでしょう。歌、商品名、人名などなど。

何かのカンジをだすために。

日本語は頭だけでなくて心の部分も使って表記する、表記することが出来る言語なんだとつくづく思った。

塔3月号 若葉集☆彡

04 /22 2018
苺の季節ももうすぐ終わり。「とよのか」が優しい甘さで好きだけどいつものスーパーで見かけなくなった。かわりに「あまおう」が並んでいる。「あまおう」「ほのか」「さちのか」はあるのに「とよのか」がない。「とよのか」が何で置かれないのかなあ。美味しいと思うけど・・。


蝋燭はぬるりぬらりと火を伸ばすなにも映らぬ池をこしらえ /椛沢知世
池、黒く動かない池を思い浮かべた。なにかを思案している作者の心かと思う。蝋燭の「ぬるりぬらり」の炎の揺らぎが思いを巡らしているようです。

あしのうらぶっだとおなじへんぺいそくぬいだくつしたまだぬれている /伊藤未来
ひらがなばかりで「へんぺいそく」のぺたっとした感じ。偏平足は特にいいことではないけどブッダと同じなんだ。そう思うと嬉しくもなる作者だろう。まだ濡れている靴下はあるけれど、元気へと向かっていくような明るさがある。

値引きされさらにそこから値引きされまっくろな外を窓越しに見る /中西寒天
まっくろな外。自分ではよく分からない、はっきりしないものの怖さを感じているような。そういうものが伝わってくる。

桃ガムを探す目線と首筋を思い出せない冬空の下 /平野杏
桃ガム。相手が好んでよく買っていたガムだろう。桃ガムは珍しいように思う。探す相手の姿が想い出としてあったのに、それが薄らいでいく寂しさ。

立つ度によいしよと言ひし父逝きぬ形見の椅子によいしよと座る /三木紀幸
父の遺品の椅子に今度は自分が座る。「よいしよ」という言葉は同じで動作が違う。親と子の違いが温かく流れていると思う。

塔3月号 作品2 その3☆彡

04 /20 2018
昨日も今日も明日も筍。今日は鶏団子とあわせて煮ました。明日は人から教えてもらったレシピ(クックパッド経由)を参考に、筍、スナップエンドウ、ベーコンをバターと醤油で炒めるというのをしようと思います。にんにくも入れる。ウスターソースも少し入れると言っていたかな。あとは適当にちょちょいと足す・・。



思いきり美化してしまえかの日々は どうせ帰れぬ故郷なのだ /姉崎雅子
勢いがある歌。美化するまえの故郷は作者にとっては明るいばかりの場所ではないのだろう。

片時も離さずかけてた父の眼鏡厚きレンズを初めて拭けり /井木範子
どうして眼鏡を外しているのかいろいろと想像出来る。触れてから初めて分かったレンズの厚み。

送られし箱を開くれば柿の実とそれより朱き柿の葉一枚 /江原幹子
柿よりも朱い柿の葉。目に鮮やかに映りこむ。

このサウナに入りて瞬時に顕れる子の元カノと坐りし椅子よ /鈴木美代子
一緒にサウナに入るくらいに気安くなりつつあった関係。並び坐りいろいろと話した椅子が目に入る。寂しい感じがする。

マネキンに帯結ぶとき抱きたり姉とはかういふ感触なるか /逢坂みずき
マネキンに年齢はないけど、この歌では「姉」とある。そして確かに「姉」だろうと歌から伝わる。指さきまでほっそりとして、静か。

エスカレーター上りしかない故郷の上りをあがり海を眺める /越智ひとみ
故郷のデパートのような建物か?ひろがる海を前に、ぽつんと故郷がとり残されているような感じもする。「上がり」「あがり」が面白い。

毎朝の夫の気分を推し量りネクタイ二本衣文に掛けおく /川島千枝子
朝の気分は分かりづらい。違うタイプの二本のネクタイをかけておく。毎朝二本選ぶ作者はすごい。

「ユダヤ人を救った動物園」を観た救われなかった子が孫に似ていた /松島淨
孫に似ていたという思いがこの映画を忘れがたくしてしまう。

ずるをして観たサーカスのテントにはピエロが居たるその怖ろしき /八鍬友広
ずるをしたという罪悪感もあって一層ピエロが怖く見えたのではないかな。

目覚めれば本を開いているままの片手のゆびにふるあられゆき /横田竜巳
開いたページにおいてあるゆび。そこには雪が降っている描写があったのだろう。写真かもしれない。「あられゆき」のひらがなが優しい雰囲気。

塔3月号 作品2その2☆彡

04 /16 2018
若葉が日に日に眩しい。今日は風も爽やかだった。350日くらいがこんな気候だったらと思うけど実際そうなったら飽きるかな。みどりパワーを身体に心にとり込もう。


壁に掛かるどのカーテンも丈足りてない部屋 怒鳴る女の声す /石橋泰奈
足りてないものと過剰なものとに囲まれている、という感じ。カーテンや声の揺らぐことからくる不安定さ。作者自身は落ち着いているように感じる。

物置の父の遺品を見てゆけり二メートルを超ゆる工務日誌も /長野晃
工務日誌というものがいい。今はパソコンに入ってしまうので筆跡はわからない。二メートル超えという目に見える積み重ねに作者も思うことがあったろう。

珈琲の売り子は我の思うより低き声にて注文を取る /深井克彦
「珈琲の売り子」なんて、かわいく言えるものなんだなあと思った。声の高さが予想と違ったことがよっぽど印象に残ったのだろう。おもしろい歌だ。

夕暮は一瞬のちに夕闇に変わってしまうバスが来なくて /みちくさ
バスが来ない、という心理が「夕暮れ」を「夕闇」に変えてしまう。寂しい時間になってしまった。

蒲の穂にたどり着いたら行き止まり行き止まりを確かめただけ /穂積みづほ
行き止まりだとは薄々感じていたのだろう。「確かめただけ」は諦めのようでもあるけど、きっぱりとした前向きさがあるように思う。

他の館の映画のことを話しをりもぎりの二人は人待つあひだ /浅野美紗子
雰囲気が良いなと思う。ぽつぽつとお客が来る映画館。

うすくふくらんだ手編みのセーターにアネモネは咲き ひと挿しもらう /北虎叡人
アネモネが編み込まれてるセーターかと思ったけど「ひと挿しもらう」とあるから、セーターを着た人が花束などを抱えているのかもしれないな・・。その人の持っているアネモネ、つまりその人が心に入り込んだ、ということだろう。

サランラップ切る一瞬のすぎぬれば平凡にしてけふのくれがた /千村久仁子
サランラップを切る一瞬がここまでぎゅっとコアになるのかとびっくりしました。

ゆふ焼けがいちやう並木を染めゆきて片づく部屋に飴を見つける /広瀬桂子
きれいな色が浮かびあがる。夕焼けと飴の色が光る。ひとつ転がる飴、持ち主が食べないけれど捨てるも出来ずにいた飴なんだろう。

だいじょうぶ傾いたまま咲いている君の植えたる皇帝ダリア /藤田幸子
傾いたまま咲いている。真っすぐよりも力強い感じだ。

塔3月号 作品2その1☆彡

04 /13 2018
そろそろ塔4月号が郵便受けに入る頃。少し焦る。焦るからか、読んでいて好きな歌に出会うと嬉しさひとしお。
今月の作品2は二つの選歌欄から合わせて十首づつ。


濃みどりの法蓮草を買う日暮れ胸元に深く子は眠りこむ /矢澤麻子
「濃みどり」や「眠り込む」の言葉がとても深ぶかとしている。あたたかい。

ちりりんと鍵穴まわす母の鍵鈴が付いててすぐにわかるの /真間梅子
「ちりりん」がかわいい。自然な歌いかたがいいと思った。母の帰宅をいつも心待ちにしているなかの「ちりりん」の音。寂しさと嬉しさの混ざった音。

酒席にてスマホいじれる若者を見かけて社長ビール瓶持つ /河野麻沙希
作者の観察の目が温かい。歌のなかの社長はさすが社長のことだけはあると思う。

脱衣所に松葉杖あり浴槽は湯の注ぎ出る音だけ響く /松下英秋
お風呂に入る時だけは松葉杖をつく自分とその音から自由になる。下句が特にいいと思ったけど、上句の置かれた松葉杖がじわじわといいなと思ってきた。

電球のかさの模様が近かった二段ベッドの上にいたころ /山名聡美
「電球のかさの模様が近かった」ことを思い出としているところ、作者の幼い頃の心に触れるようだ。かさの模様を見ながらいろいろ想像したりしてたのだろう。

おおかたは光に透けるレタス葉のように新聞人生相談 /福西直美
優しく明るいほうへ導くような人生相談への答え。きれいだけど少しの物足りなさを作者は思う。レタス葉のたとえがユニーク。

昔日の祭りの辻には市が立ち酔ふひとは酔つて歩いたものだ /河野純子
雰囲気がある歌。「酔うひとは酔つて歩いたものだ」のひとりごとみたいな詠い方がいいと思う。

くらやみがばきゅんと撃たれた傷跡のようにひらいた白いさざんか /海老茶ちよ子
くらやみというのはなんだろう。痛みのあとにひらく白いさざんか。くらやみに浮かぶ白が孤独で優しい。

どちらかがいつかひとりになるだらうパンを買はむとスーパーにゐる /臼井均
相手のぶんのパンも買いながら突然思ったことなのだろう。賑やかなスーパーにいて一瞬ズンとそんなこと思った作者。「スーパーにゐる」の「ゐる」がいい。ただなかという感じがする。

うつくしき言葉をけふはひとつとして発してゐない 夜が冷たい /赤嶺こころ
発語としてのうつくしい言葉。手紙や詠草ではうつくしい言葉を使うことはあるけど声に出してはいない、ということだろう。たしかにそうかもしれない、とこの一首を読んで思った。

塔3月号 作品1☆彡

04 /10 2018
入学式シーズン。
今年はうちに中学生がいない。7年間いたから今年もいるような気がしたけど、そうか、いないんだ、と先週気が付いた。1年あいてまた来年。

あまりにブログに歌を引くのが遅れているせいか、今朝は5月号(4月飛び越えて)が来た夢を見ました。今月の作品1は二つの欄から合わせて十首です。


命日は普通の日とも思うまで墓場にスズメたちだけと居る /相原かろ
スズメという鳥の普通さ。穏やかな気持ちで墓前に佇む作者。命日を含む普通の日、というもの作者は感じて尊く思ったんじゃないかな。

うさぎ小屋月の光に照らされて耳白くありまだ起きている /石井久美子
ひっそりとしている。夜に白く浮かびあがるうさぎの耳。動いたと言わず「起きている」という表現にうさぎを見ている視線があってあたたかい。

新婚のわれに消火器を売りつけし詐欺の男のその後をおもふ /尾崎知子
おもしろい歌。作者の新婚の時の思い出のひとつになってしまっている。作者とともにその詐欺師にも同じ時が経っていて、「その後をおもふ」が実にいいと思った。

彼の人の短歌に眉ひく我がゐて形見のごとく日々眉を引く /毛利さち子 
彼の人の短歌のなかの自分から励まされているような、エネルギーを貰っているような、何かを受け継いだような、不思議な感じ。

大切な言葉に線を引くあひだ数行の文字定規に隠る /佐藤陽介
大切な言葉、それに線を引くときに隠れてしまう言葉。なんだか隠れてしまう言葉がすごく意味を持つような、暗示めいた歌にも思う。ただの動作を詠っているだけなのにおもしろい。

なにかしら身は温もりぬ蓋として載せる帽子はふちなき帽子 /吉澤ゆう子
「なにかしら」というのが柔らか。よく分からないけど温もる身体。ふちの無い帽子が作者の身の大きさとおりに作者を温める。

不整脈の予感をひとつたづさへて今朝は雪道白きをよける /西村玲美
不整脈の予感と雪道の白さが、現実を少し離れた景色としてこわごわ通じ合っているような印象を受けた。

二合炊き炊飯器にて二合炊きはじめて祝ふきみの誕生日 /今西秀樹
音読したら「炊き」の音が違って楽しい。名詞と動詞になってる。二合炊き、すごく小さいけど嬉しさ満杯で生き生きしている。

ボールペンが卓をころがる端まではゆかぬと思ひしに落ちてしづまる /坂根美知子
それで?という歌なんだけど、好きだった。それで?という以上のものがあるんだと思う。

自画像に画家の息ふかく残りゐむ近づきながらマスクをはづす /立川目陽子
思わず、という感じが伝わってくる。一対一。

寡黙なる人の歌集を読みすすむ聞いてしまってよいことですか /宮地しもん
普段寡黙な人の心の裡を知る。歌集のなかのほんとうに触れるということに、いいのだろうかと躊躇してしまったのだろう。

塔3月号 月集☆彡

04 /07 2018

(4日前のブログに書いた飛んできた桜の花びら。表紙のどこかに置いてます)


昨日も、今日も風が強い。気温も下がり半袖でいい日もあったのにまたコートを着たりして。桜もとうとう散ってしまった。また来年ね。


死の迫る患者にひたと見られたる夫の顔か お帰りと言ふ /栗木京子
ひたと見られたる、という表現が死に触れられているように感じる。「お帰りと言ふ」が普通の「お帰りなさい」とは意味合いが違って聞こえる。

医師の飼うくらげが白く上下して静脈動脈の説明を聞く /前田康子
診察室にくらげが?それとも医師宅のくらげ?ふわふわと漂うくらげに対して、動脈静脈という規則正しい生命。一見くらげは儚いようでいて強いのかもしれない、脈々と太い血の流れて強そうな命がもろいような、不思議な印象をうけた。

風のなか眼が乾いてる海の辺にかわききったら涙流れて /江戸雪
なにかの痛みがきりきりとくる。「かわききったら」。かわききったら流れる涙にはどんな感情が宿っているんだろう。

犬が傾け男が戻す郵便箱 その繰り返しの一週間を観る /上杉和子
観察が面白くて、一週間それを見ていた作者も面白い。それがきちんと歌になることが面白い。

火のごとき友の逝きたり松ぼくりひとつ幼がわれにくれたり /大田千枝
友が逝き、その空間を埋めるかのように唐突に現れる松ぼっくり。松ぼっくりの黒くてカサっとした感じと「火のごとき友」の遠くて近いような繋がりがいいと思った。

黒猫と郵便局とエホバ来てしばしののちに初雪のふる /落合けい子
いろんなものが訪れて、しばしののちに訪れる初雪。それまで訪れていたすべてを覆うような静けさがある。

釣り好きのよき青年になりしらしペリカンよりも小さかりし孫 /酒井万奈
ずいぶん長く会っていない孫、ということが分かる。ペリカンよりも小さかったという表現が変っているけど、実際に昔動物園などに行った時の思い出なのだろう。

セーターがあいまいにする輪郭の冬の日のなか妊婦が光る /澤村斉美
ほわっとした雰囲気とともに、「妊婦が光る」の強さもあると思った。赤ん坊を包む妊婦、その妊婦を包むセーター。光る繭のよう。

糸たらし下りきし蜘蛛がたらしたる糸しまひつつ上りゆきけり /久岡貴子
塔誌では縦書きなので読んでいて尚更面白く感じた。縦書きで読むと、結句の上りゆきけりがほんとに蜘蛛が糸として一首を上っていくような錯覚。

老女より漢方薬のにほひたちわが返すべき辞儀おくれたり /村上和子
ふっと漢方薬の匂いのほうにとらわれた。お辞儀は自然と出るものだから、その自然を一瞬忘れるほどのことだった。

昨日の続きAとB

ブログ
04 /03 2018
昨日の続きA 祖原公園のこと

昨日撮っていたけど載せてなかった写真。公園が整備されて木が少なくなったあと、苗木が植えられてます。
 

木が少なくなって残念だけど整備されて車椅子がのぼれるスロープが出来たのは良かった。見通しが良くなりスロープが出来たおかげで小さい子を連れた親子が上の広場にも行きやすくなっている。

整備された後、子どもたちからは「前のほうがいい」「あれは祖原公園じゃないっ」と言われてたけど、半分くらいは手は付けられずそのまま残っているふうに思う。小さい公園だけど起伏があっていいです。



昨日の続きB 元寇跡のこと

写真でぱぱっと。



祖原公園から海の方向へ自転車で3分くらいリンリンくると「防塁」という四つ角に出る。角に「史跡元寇防塁入口」とある。進みます!



最初の四つ角。この緑の草のところがもう敷地。子供たちが松ぼっくりを投げ合う場所。



そしてこれが「元寇防塁跡」。短く残ってる。1274年に元に上陸されてしまったけど、1281年再び元がやってきた時(弘安の役)は防塁を作っていたので上陸を阻止できた、というものです。

歴史あるものだけど、ここも子ども達の松ぼっくり投げ、鬼ごっこに使われてます。

本日塔を読んだ場所

04 /02 2018
天気が良くいい気持ち。スーパーに行く前、塔3月号を裏の「祖原公園」で読もうと出かけた。この入り口は裏手の入り口という感じ。

何の変哲もない公園。そう見えるけど実は何の変哲もないというわけでもない。


同級生何人かと遊んでいた次男と偶然遭遇。


画面左に福岡タワーが見える。この祖原公園は5、6年前に整備されて木が少なくなった。木を少なくした理由は子どもの安全のため(不審者がたまに出ていた)という理由もある。子どもたちは木が気ままに生えて鬱蒼としていた公園を結構気に入っていて、「面白くなくなった」と言っていた。

右の石碑は何かというと。


元寇麁原戦跡の石碑。元軍はこの祖原公園を陣取っていた、ということです。写真の桜に隠れているけど福岡タワーがある場所は埋め立て地なので、当時の海は今よりももっと近い。海のほうへしばらく歩いて行くと、防塁跡もある。


子によると、整備される前は洞窟のような洞が近くにあったけど今はよく分からなくなった、とのこと。整備されても、ところどころ木がガサガサしている場所があり、小学生などの遊び場になっている。


ベンチに座って月集を読んだ。ブランコや滑り台がある場所からちょっと離れていて静か。熱い紅茶をポットに入れていっていたのが美味しかった。短い時間だったけど気持ちがとてもゆっくりとなった。桜の花びらが一枚、ページに飛んできたのでそのまま挟んで持ち帰った。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!