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塔1月号作品2(前田康子選歌欄)☆彡

02 /28 2018
昨日は安室さんのライブに行く人がところどころ賑わう街のなか、『大隈言道と博多』という本を手に入れました。古本屋さんで。郷土の本、という扱い。著者も福岡のかた。博多の歌ばかりが載ってるわけじゃなくて、その時代のことや人のことも書いてあるようです。面白そう。

今日中に若葉集を書こう。二月終わる前に。



灯り消し眼つむりて聞くラジオ山深き地の濃霧伝へる /加茂直樹
ラジオが伝えてくる山深き地の濃霧。すっぽりとそこに包まれていく。

ひとりずつひとりの世界に戻りゆき明日の朝まで家中眠る /矢澤麻子
眠っている間はひとりの世界。「家中眠る」にひとりずつが戻っていった世界の重みを感じる。朝起きれば、自分の世界ではあるけど自分だけの世界ではないわけだ。

二万枚LP消えぬと嘆く友変はらず注文するコカコーラ /阿蘇礼子
作者は熊本の方。震災で割れたのかもしれない。昔から大事にしているLPと同じくらいコーラが好きな友。「コカコーラ」という丁寧な言い方がいいです。

姑とふたり暮らしの新築家半年経ちて開くる窓あり /伊興田裕子
二人にしては大きな家。「開くる窓あり」とふつうの感じで詠んであるけど「窓」にきちんと焦点がいく。なるほどー・・。

もう三日アヒルはゐない川の面はアヒルが消えて波立つばかり /紀水章生
アヒルの連作の最後に載る歌。今までいたアヒルがいなくなって波だけがある。三日いない、と数えるくらいにアヒルに親しんでいた。

漠然としたことはすべて定まった棚に収める 月張りつめて /紫野春
「定まった棚」とあるのでいつでもそれについて考えることが出来るように配置しているということだろうか。月の光を受ける、その漠然としている事柄は大事なことなのだろう。

台風の夜を選んだわけじゃない君がたまたま目を閉じたから /西之原正明
相聞歌かなと思う。台風も、君が目を閉じるのも、いつもいつもあることではない。そのふたつが偶然重なっているところがおもしろく、作者の言い訳のような語りもいいと思った。

期せずして「この前ごめん」という声が 電話はいいなお前が聞ける /藤田咲
「お前が聞ける」がいいと思った。声や言葉ではなく、相手をまるごとという感じがとてもいいと思う。

ぢき君は木々の言葉を忘れ去り日本語などを話すのだろう /益田克行
小さい子が言葉を話し始めると、ふつうは嬉しい。作者にもその想いはあるけれど、「木々の言葉を忘れ去り」とも思ってしまう。「木々の言葉」や、その時期の尊さを思っている歌。

まるで詩にならないような生きかたのシャツの袖からボタンが取れる /横田竜巳
詩になる生き方、ならない生き方。作者は詩になる生き方をしていないという。そんなこと思っていたら「シャツの袖からボタンが取れる」。(詩のように思います)

塔1月号 作品2(山下洋選歌欄)☆彡

02 /28 2018
なんと!今日で二月はおしまい。

昨日は安室奈美恵さんの福岡ライブの最終日で、街には一目でファンと分かる方たちが闊歩していた。赤のスカート、パンツに、ロゴ入りの白Tシャツの女性が多く、すれ違う時その場が明るかった。


陽が落ちて何を待つのかわからなくなる病室に水滴の落つ /三谷弘子
検温や食事、血圧を測ったりと、一日が待つということで終わってしまう。「何を待つのかわからない」から何かを思案している静かさが伝わってくる。

海馬より深いところの夕焼けに立てかけられている一輪車 /逢坂みずき
作者が実際に見たかどうかは分からない、奥深くにある風景。一輪車は簡単には乗れないし誰かに盗られることのない作者の想いなんだろう。

川沿ひの郵便局も陶器店もいたくちひさし葬の車窓に /千村久仁子
葬儀の帰りに見る郵便局や陶器店。人の営みの儚さなどが浮かんでくる。「川沿ひ」がいいと思った。

包丁は日本と同じ音立てる窓ありてガラスなき山小屋に /市居よね子
質素な家の中の、日本と変わらない包丁の音。作者の着眼点がいいと思う。

またひとり古き友達去りゆけり夫がゆっくり喪服を着ける /中村ヨネ子
亡くなって喪服を着る、また亡くなって喪服を着る、のくり返し。友であったがために喪服を着ることになる、さびしい。

へたり込むひとり暮しの彼女の廻り八個の冬瓜ごろりと囲む /前原美登里
持てあます冬瓜。「ごろりと囲む」がひとりの彼女を引き立たせていると思う。冬瓜と彼女以外に他のものがないように見えてくる。

キノコ狩りたった一本しか取れずまず名をたずね食えるかと聞く /水田米造
キノコに詳しくないキノコ狩り初心者なんだろう。一本しか取れなかった、ちょっとしたがっかり。せめて食用のキノコであってほしい気持ちが普通のトーンで歌われていて面白い。

数か月前より数十万安くなったチワワを見て帰る午後 /森永理恵
面白い歌。チワワを買おうとしているわけではなさそう。チワワの価値だけを見て帰っている。ペットショップの人が付けた値段や価値は作者と関係がない点が面白い。

あいにくの雨ですね。風もありますね。あいさつまでも熟れてきたり /八木佐織
挨拶に雨や風という言葉が入るから熟れるのか、それとも挨拶を交わしている人との関係性があってのことなのか。下句が面白いと思う。

空席のある映画館になほ人と障らぬ距離を保たむとする /一文授可修
単なる隙間や間があるだけでは作者にとってはじゅうぶんではない。映画を<ひとりきりで〉観たいのだろう。観終わった想いに誰からも触れられたくない、そんな感じだろうか。



塔1月号作品2(三井修選歌欄)☆彡

02 /24 2018
今日は陽射しが暖かだった。
そして日清焼きそばのUFOを久しぶりに食べました。10年くらいは食べてなかったのかな。前回食べた時にソースが辛かったのを覚えていたので全部はかけないようにして食べました。カップヌードル、どん兵衛、UFOの順にカロリーが高くなる。


疲れたるつり革きしむ音消して車窓を白く雨の打ち初む /永久保英敏
電車が揺れる度にいっせいにきしむ吊り革。強い雨が降り始めてその音が消える展開がいいと思う。車内の静けさが伝わってくる。

肩書が砂地のような名詞持ちジキュウケイヤクシャインの我は /中井スピカ
上句の比喩が面白い。砂地。時間と労働を吸い込んで、そこからは何も育たない。そういうことだろうか。砂地の持つ無味乾燥な感じをカタカナがよく表していると思う。

人数分あるかと数へる暑気払ひの麻の座布団あさがほの柄 /北島邦夫
結句のあさがおの柄が涼し気。部屋に広がるあさがお。

わが息が苦しくなりてゆきそうでサザエ火にかけ離れてゆきぬ /小谷栄子
焼いていくと貝殻の縁からくつくつと水分も出てくる。焼かれるサザエの身になってしまえば苦しくて離れる作者。

喉もつものみなうすく見上げいる宙ぶらりんの今日の夕雲 /篠原廣己
夕空をなんとなく見る、そんな感じだろう。美しい景色。宙ぶらりんの夕雲もおもしろく、一首がきれいになり過ぎずにまとまっていて、いいなあと思う。

裏に廻り無花果見てのち玄関に甥は入り来る大人になりても /田邊ひろみ
普通に事実を言っている歌だけどとても味わい深い。わざわざ裏に廻り無花果を見る。無花果と甥の長い間の交感みたいなものがあるのでしょう。

川と海交わるばしょは力強い呑気に欠伸する野良猫 /夏川ゆう
交わる場所はせめぎ合いの場所でもあるから力強い。呑気に欠伸する猫とその河口との関わりの無さ。海、川、猫のそれぞれの存在感。

くまモンの鉛筆で書きくまモンの消しゴムで歌の消しかすできた /水本玲子
「歌の消しかす」が楽しい。消しゴムで何を消そうが区別もつかないしそれでいいのに。消された歌がどんな歌だったのかと思ってしまう。

夏の朝、祈るみたいに傾いて燃えないゴミを置くおばあさん /吉岡昌俊
ゴミ出しの風景もこういうふうに眺めると違う。「傾いて」という言いかたが独特。

足元が上へとわたしを押し上げたでも人はどんどん遠くなってゆく /芳仲成和
エスカレーターの歩かない人側に作者はいて、どんどん下からくる人に抜かれてるのかな、と思う。押し上げられる、歩かないから人に抜かれる、という受け身。自分で上がっていきたいという気持ちがあるのだろうと思う。さみしさの兆す歌。

塔1月号作品2(小林幸子選歌欄)☆彡

02 /24 2018
ちょっとブログの日にちが空いた。周回遅れ。

カーリング女子、銅メダルおめでとう!!



燃えてゐると言へば終りのヒガンバナ秋高空へ漕ぎ出して行け /高橋ひろ子
燃えているという言葉だけでは終ってはいけない、と思う作者。赤いヒガンバナの力強さに後押しされるように前に進んでいく勢いがある歌。

眠られず冷蔵庫ドンと開けてみた胡瓜は胡瓜の顔をしている /赤田文女
自分の脈絡のないような行動に対して胡瓜は胡瓜であり続けている。夜中の作者と胡瓜の対面がおもしろい。

腕のなき裸婦像ばかり見てルーブルに迷い込みたる夏の日ありき /朝井一恵
裸婦像の白さなども迷い込むイメージと重なってくる。腕のない裸婦像ばかり見て本来の人間の形もあやふやになっていくようです。

引っ越しの挨拶したくも両隣り応答はなく木犀香る /大谷静子
いいなあと思った。「挨拶したくも」はもうちょっとさらっと言ったほうがいいのではないかなと思う。越してきた作者の少しの不安と木犀の優しい香り。静かでとても雰囲気のある歌。

ハマナスの低く広がる砂のみち沖のサーファーなお沖を向く /岡村圭子
広々とした景色。遠くにいる「なお沖を向く」サーファーに微かにあこがれる気持ちもありそうな。

重宝をしてゐるブリキのバケツなり不思議とこいつは歳をとらない /高阪謙次
日々活躍していて「こいつ」と呼ぶほどに身近なブリキのバケツ。頑丈で存在感があって、やっぱり日々張り切ってるから歳をとらないのだろう。

風を切り駆けている様な毎日が積み重なった新聞束ねる /さつきいつか
忙しくて、あるようなないような慌ただしい毎日が新聞の束になった形で見えている。過ぎたものが重なっているところが面白いし、作者は束ねながら何を感じたのかな、と思った。

乱されている心 朝の牛乳と夜更けの牛乳どちらが白い /春澄ちえ
心が平穏ならば考えることもない牛乳の色の違い。朝と夜とで違う自分の気持ち。どちらが本当の色、気持ちなのかと見つめている。

彼岸会の若僧の経声高にて抑揚なきに頭上をはしる /水谷英子
若い僧のお経が今ひとつ心に入らない作者。「頭上をはしる」がなるほどと思います。

葬儀場に墨書されたる太き字を最後にひとつ姓の消えたり /吉田京子
継承する人がいなくて消える姓。最後の場面の墨書の太い文字が印象的です。

塔1月号 作品2(池本一郎選)☆彡

02 /19 2018
遅れて読んでます。まだ1月号。

たまに、あっちの道へ行っていたらここにいる自分とは違う自分がいて違う人生を歩いてて‥というようなことを聞くことがあるけど、それとはちょっと違って、本当にどこかにもう一人自分がいて何か違うことしたりしているような気になることないですか。なんかどこかにもう一人か二人くらい私がいるような気がたまにする。


作品2

「夕焼小焼」午後五時に鳴る向かう岸五時半に鳴るわれの住むまち /川田果弧
歌が鳴る三十分のずれ。それだけなのにくっきりと違う町の息吹が感じられる。われの住むまち、と丁寧に言ったところがいいと思う。

ぜんまいが解けたように蝉が鳴く隣の津田さん引っ越ししあと /冨田織江
弾けたように鳴きはじめる蝉。津田さんの不在の空間を埋め尽くしているようです。

旧仮名で電話のメモを取っている平成末期のヒラ社員われ /大橋春人
わざわざ旧かなでメモを取る。ヒラ社員とはいえ旧かなでメモすることだって出来るという思い。ヒラ社員と自嘲気味に言うけど平成末期の、と年号を言っていてしっかりとした自分像を留めておきたいのだと思う。

先輩の嘘を褒めおりもう誰の缶かわからないけどビール/北虎叡人
こういう状況では皆そうさ、みたいに嘘を褒めている自分を否定し難くもあると思う。下句に投げやりな雰囲気とその過ごしている時間がよく表れてます。

蟷螂の鎌あげたままひと通る蟻も這い来る死んでゐるらし /古閑すま子
動かないなと思っていたら死んでいた蟷螂。威嚇したままの形がかえって悲しい。

遠目にも見頃をすぎし曼殊沙華スピードあげて土手の道過ぐ /佐光春信
咲いていた時はさぞかし真っ赤な帯を見ながら土手を過ぎて行っていたのでしょう。色彩の抜けゆくものと車のスピードとが上手く呼応していると思います。

十月の遠花火はぜぬばたまの闇と闇とをつなぐ虫の音 /田巻幸生
「闇と闇とをつなぐ」がとてもいいと思う。静かなしんみりとした秋の夜、虫が鳴くことでいっそう静けさに包まれる。

母の中に沈みし母よ浮上せよ 唱歌のメドレー耳元で歌う /中村英俊
上句の表現に驚いた。奥に沈んでしまった母へと歌う唱歌。母が好きな歌だろう。「耳元」、その穴から奥へ奥へ、いるはずの母へと落ちてゆく唱歌。

月の面のような夜なりまっしろな梨をわが剥きあなたが食みて/中田明子
静かな夜。そしてまっ白な梨は月に似る。夜の暗さと梨の白さ。作者とあなただけが宇宙にここに存在しているみたいです。

経験はいつか役に立つという 福祉の仕事を中断したり /奥山ひろ美
経験はいつか役立つ。その言葉になんとか納得して仕事を辞める。福祉の仕事が好きなのだろう。「中断」という言葉に続けれるならという気持ちが表れている。

ヒトリシュガーにいってきた(続き)

スガシカオ
02 /17 2018
昨日のブログ、本当はヒトリシュガーの中身についても書きたかったけど書こうとすると胸がいっぱいで上手く書けず、電車のアナウンスのみになりました。

思うのは、人それぞれに好きなものあって、そのことについて考えたり出来るということはほんとに幸せなことだ、ということ。

スガシカオさんの歌があってわたしはしあわせだけど、人それぞれ、なにが好きで何を嬉しく思うかは違う。だからいいんでしょうね。

ライブでシカオさんが歌うのを聴きながら、しあわせというのはほんとに個人的なものだと思った。いい意味で。



昨日は家の用事で山口へ行きました。一人だったので、まだ読み終わっていない塔1月号を持参。近くに佐波川という川があり、そこを渡る前に、丁度佐波川を詠った歌を目にしました。

もうひとつ、スガシカオさんの「黄金の月」、これを聴くと夏目漱石の「門」がわたしは浮かんでくるのですが、そんなこと新幹線で思っていたら漱石を歌に詠んでいるものがページに現れました。こういうこともちいさな偶然でうれしい。

塔の歌を読んでいると、いい歌とか好きな歌とかを選ぶ以外に個人的に楽しんだりすることも多いので詠草のみなさん、ありがとう。

今月号がもう届く頃。1月号の歌、大幅遅れですけど読んでいきます☆彡


(黄金の月、アコギバージョンはややスローテンポに弾かれることが多い。今回はアルバムに入ってるオリジナルとほとんど同じテンポでした。オリジナルのテンポほうが好きなので、より嬉しかった。)


(フィギュアスケート、羽生君、宇野昌磨君、フェルナンデス、おめでとう!)

ヒトリシュガーにいってきた

スガシカオ
02 /16 2018


ヒトリシュガーに行ってきた。もう、一昨日のことになる。友人と次男の3人で行きました。

今回はヒトリシュガーが14日、塔短歌会賞の締め切りが15日ということで、自分のなかでは年末あたりから線路の二本のレールがずーーと見えている感じだった。

或いはこんなふう。

「本日はご乗車まことにありがとうございます。次の停車駅はスガシカオ、ヒトリシュガー駅です~。降り口は右側です~。スガシカオ駅を出ますと次は塔短歌会賞駅に停まります。なおスガシカオ駅では特急電車通過待ちのため、24時間停車いたします。車外に御用のある方がいらっしゃいましたら車掌までお知らせ下さい~。」


大きなことがふたつ終わった。

日の入り、雪の日、スガシカオ

ブログ
02 /13 2018
13日17時59分。

日が落ちてすこしたった頃。日が長くなってることを実感。九州はこの時間も明るいけどかわりに夜明けが遅い。夜明けが早いと夜の始まりも早い、夜明けが遅いと夜の始まりも遅い。どっちが人気なんだろう。

一昨日。11日23時24分。

カーテンを開けるまでたくさん降っていることも積もっていることも知らずにびっくり。うわ~と景色を見ている途中に「は!」とあることを思い出して薬缶と鍋に水を溜めました。

「おい、トムー。一体何やってんだー?いきなり薬缶と鍋に水を溜めたりなんかしてさあ。」
「ハック、おまえもう忘れたのか?10日まえのこと思い出してみろよ。寒さが原因だったか分かんないけどいきなり水が止まっちまっただろ。あれ、参ったなー。歯磨きの水が薬缶に残ってて助かったよ。おまけに深夜でお隣さんも水が止まってっか確かめようがなかったもんな。」

というわけです。その夜は24時間対応の水道局サービスセンターに電話したりしました。ちょっと水が出ないというだけでこうも困るしやはり不安になる。今回は断水にはなりませんでした。前回の断水は「水道管の抜管が原因でした」とエレベーターに翌日貼ってありました。

手書き右上がりの字with太マジック。

たぶん、対応など忙しかったんだろうと思う。


明日はスガシカオさんのヒトリシュガーです。
そして明後日は当日消印有効の塔の締め切りのものもありますね☆


続き③

ブログ
02 /09 2018
続き③4日朝~昼

4日の朝は、中華街に宿泊されていた塔のお二人の方からお誘いただき「朝粥」を食するため中華街へ。早起きしました。お粥は体がぽかぽかしてとても美味しかったです。お粥イベントに誘っていただきありがとうございました。

朝は人影がなくてがら~ん。昼に戻ってきたときは人がいっぱい。


その後、山下公園へ行き氷川丸のなかを見学しました。1930年竣工。当時の最新鋭のエンジンを使用したシアトル航路用の船で、その後戦争中は病院船として白く塗り替えられて活躍していたということです。時代時代で役割が変わっていってます。船のなかに詳しいパネルがあるのでぜひどうぞ。船底の機械室は迫力あります!



(今だ!氷川丸のなかに潜り込め~~!)



(よし!航路は順調らしい)



(見張りがこっちに来る!この部屋に隠れろ!)



(おーい!ハックー!無事かー!)
(トムー!つかまっちまったよー!)
(助けに行くぞー!待ってろー!)


おしまい。
(※注 トム・ソーヤー達が乗ったのは蒸気船です。)

続き②

ブログ
02 /08 2018
続き② 3日土曜日12時半/夕方

さて、『風のおとうと』を読む会会場の玉川学園駅。余裕で間に合った!コーヒーでも飲もう~と、改札を出ようとしたらニモカがない。ポケット、バックにもない。コーヒーを飲む時間は自然消滅という末路をたどる。駅員の吉田さんという方にニモカのことを伝えると他の駅に聞いてくださり、出てくるかも知れないからもう少し待ちましょう、と大変お世話になりました。しばらくして、ニモカは玉川学園駅から8駅先の登戸駅に届いていることが分かり、『風のおとうと』を読む会が終ってニモカを取りに向かいました。吉田さんと届けてくれた人に感謝!

夕方、登戸駅に向かう電車のなかで、読む会に参加されていた二人の方から声をかけて頂き片道20分間とても楽しかったです。関西のカルチャーの松村さんの生徒さん(今は東京住まい)とそのご友人のかた。面白いと思ったのが、ご友人のかたは短歌を作ったりは全くしない、ということ。その二人の組み合わせがおもしろいなーと思い、また作歌はされないのに読む会に参加されてすごいなと思ったのです。新聞歌壇や俳壇などが好きでよく読まれるということでした。

途中で「あなた、登戸で降りるんじゃなかった?もう過ぎたわよ。」と言われてええー!と思い社内電光案内板を振り返り見る。過ぎてない。過ぎてないですよ。と伝えると、過ぎてるわよ、と言われる。もしかして私は表示の見方を間違ってる?と思ってまじまじとまた案内を見てしまいました。それはその方の勘違いでしたけど。とても楽しい雰囲気のお二人でした。

塔のかたではないから会うこともないかもしれないけど、またどこかでお会い出来たらなあと思います。

③に続く。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!