塔11月号 作品1(永田和宏選歌欄)

11 /30 2017
11月は今日で終わり。この三日間暖かだった。今年は桜の葉があまり真っ赤にならなかった。



院庭に飼はれゐる象亀、フラミンゴ癒ゆるなき子としばらく眺む /野島光世
緩和病棟に移った子を詠んだ一連の中の一首。庭には動きが穏やかな動物がいる。過ぎていく時間を長く感じさせるような、そういう動物を置いているのだろうか。作者の言葉にならない想いが胸に迫る。

犬ならば二度看取ったと君言えりわれにはそれもなくて行く雲 /朝井さとる
犬を二度看取る経験、それがなかったとしても悪くはないのに、<われにはそれもない>と言う。自信に満ちているようにも見える君とは違う、あてどない雲のような自分。

道端にエノコロ透けてもう少したくさん笑った方が良かろう /江種泰恵
エノコロが透けて軽やかに揺れる様子。控えめに揺れるエノコロが何本もなびく様子が、もう少したくさん、ということなのだろう。

キッチンに食器をあらふまるき背の生きるとはときに獣めきたる /久保茂樹
獣めく。猛々しい姿だけが獣めくというわけではないんだと、なるほどと思った。まるき背を向けて一心に何かをしている姿。たしかに獣めいている。

「ひとり上手」と誰も言わない知らぬから木星の縞 夏美しい /佐藤浩子
ひとり上手。日々をひとりで楽しみ上手く回していても、ひとりだから誰からも言われない。知らぬから、という放り出したような言い方。木製の縞 夏美しい、の遠さと冷たさがとてもいいと思う。

母の帽子かむりて花入れ洗ひたりしんと冷たき霊園のみづ /白石瑞紀
母の帽子。もしかしたら遺品なのかもしれない。ひとりで掃除をしているようだ。わずかながらも涼を作ってくれる母。その帽子をかぶり先祖の墓を洗う。守る守られる感じだったのではないかと思う。

新宿で降りゆく人におしだされ一度降りたる新宿あわれ /徳重龍弥
ぎゅうぎゅうの朝だろうか。結句がおもしろい。降りたのは自分だけど、新宿あわれ、と詠うと、ぎゅうぎゅうのラッシュアワーがふと、一瞬気の抜けたような解放感。ラッシュを生き抜く技かもしれない。

わが和服二女が全てを引き取るとひとつ肩の荷おろせし心地す /古林保子
二女、ということが気になる歌。長女に断られたのだろうか、二女は優しい性格なのだろうか、など考えた。肩の荷をおろすという慣用句はとてもあっているけど、ほかの表現のしかたもできそう。

さびしさをつたふることばのどれもどれもわづかにちがふ からすうりのはな /杉本潤子
言葉の代わりに結句に置いたからすうりのはな。写真をみると五枚の白いはなびらの先にはレースのようなものがはらはらとしている。どれもどれもわずかにちがう思いをもっている。

熱でれば来し人と吾を思ひ出でむ金魚の甚平うれしき女の児 /竹下文子
詳しくは分からないけど、わが子を思うように作者は女の児を思っている。反対に女の児は作者を来し人、と呼ぶ。遠い呼び名だけどしっかりとした繋がりを感じる。わたしを思い出すだろうという作者の大きな気持ち。他人なのか、親子だろうか。深いところで結ばれているお互いを思った。

塔11月号 作品1(真中朋久選歌欄)

11 /28 2017
今さらだけど東方神起って日本語がすごく上手なんですね。イントネーションとかちょっとしたニュアンスの部分が自然でびっくりした。日記も時々日本語で書いていると言っていた。忙しいなか勉強している・・・。日本語で好きな言葉はなんだろう。


今月は各欄から十首づつ印象に残った歌、好きな歌を選んでいます。


明け渡してほしいあなたのどの夏も蜂蜜色に凪ぐねこじゃらし /大森静佳
夏という眩しさ。自分だけを受けいれてほしい、自分だけにゆだねてほしいという想い。蜂蜜色のねこじゃらしのさみしいながらも輝く景が美しい。

これ以降の時間のために髪を切る 鏡の中の花水木の木 /上澄眠
これ以降の時間、がとてもいい。鏡に映っている花水木。花ではなく木、と言っているところにやがてまた葉や花を咲かすこれからの自分の姿を重ねているよう。

わが一生の負債はなべて震災に償還済みとはあらざるらしき /尾崎加代子
被災したことでプラスマイナスゼロかと思っていた過去、これから先の自分の行い。もう悪いことは起きないと思っていたのにでもそうではなかった。作者だけの痛みとして何かが起こったのだろう。

水族のクラゲの薄さあらまほしぼたりぼたりと重き吾ゆく /小澤婦貴子
あらためて水族といわれるととても不思議な感じ。水族・・・。クラゲは水族の代表のような姿をしてる。ぼたりぼたりに人間のあらゆる重さを感じる。

逃げている鶏夕暮に現れて青年のスマホに撮られていたり /小島美智子
スマートフォンがない時代だったらこの青年はどんな動きを見せたろう。そう思うと今の時代はいろいろなものを失っているような気がする。日常でありそうな光景だけどあれこれ考えてしまう。

ダルマさんに目を描けば左目の丸が大きくなって覗かれている /ダンバー悦子
左目が大きくなってあたかも何かを覗いているような目になった。自分で描きこんだ途端に向き合っているダルマから覗かれているような気になったところがおもしろい。

室外機に座って食べた昼ご飯何をしたってわれは独りで /橋本恵美
室外機に?庭の掃除か何かの作業のあとかもしれないけど、家に入らずに室外機でいいか、と座ること自体がさみしくもあり、自由でもあり、と思う。なんでそんなとこに座っているの、との声もない日。

車椅子が浮き上がるほどの声あげて北北西に叫び始める /浜崎純江
作者は息子さんを介護されているようだ。何を叫んだのか分からない。北北西にというのも分からないけどなぜか印象に残る。自分でも上手く表現できない心の中を叫び始めたのか。迫力があって分からないながらもひとつの歌として存在感がある。

めったにはテレビに出ないバンドという出し方もある出ないではなく /相原かろ
売り方にもいろいろあるなあと思う。出ないではなく、という結句が作者の世の中に対する冷静でいて面白い視点がみえる。

おとこひとり洞に住みしというはなし聞けば明るむ水甕の水 /数又みはる
あれこれ悩まなくても。一人で洞に住んでも生きていけるのだ、と気分が明るくなる作者。水甕の水が明るむというのがいい。状況は変わってなさそうだけど明るくなった。

ラミー、バッカス、初カルヴァドス

ブログ
11 /27 2017

リスのごとくに備蓄せむ。といっても三枚。

新顔のカルヴァドス。
果たして、きみはラミー、バッカスを越えられるのか。
赤と緑のクリスマスカラーに割って入ってきてるけど大丈夫なのか・・・。


ぱく!
美味しい!
いい香り。

カルヴァドス、今年11月21日に新発売ということだけど、去年見かけたようにも思う。その前は見かけたことはなかった。徐々に販売地域をひろげたのかも。どちらにしても新顔。

カルヴァドスの発売日がラミー、バッカスよりもふた月遅い11月下旬なのは林檎の収穫時期にに関係しているからかな。

何はともあれ、来年からの楽しみがひとつふえてうれしい。
そして日本のチョコレートは美味しい。


ロッテ
バッカス/1964年発売
ラミー/1965年発売
カルヴァドス/今年か昨年くらい(たぶん)

塔11月号 月集

11 /27 2017
今日は26日。先月の今頃ラミーチョコレートのこと書いたのかな。ひと月がはやい。ただいまラミーとバッカス切れ。冷蔵庫を開ける度にさみしい。

月集
めざめてもめざめても夜 めざむれば昼でありたる若き日おもふ /花山多佳子
若いころと違い眠りが浅くなった。めざめてもめざめても、のくり返しがもうどうしたって届くことはない若い頃の自分への遠さを思わせる。

肉体の衰えをふかく嘆きつつ彫刻家はこの二年後に死ぬ /松村正直
作者はある彫刻家の一生を知っていてその途中の一点に視点をおいている。肉体の衰えを嘆いた日から死へと続く道がみえてくるような歌。

古墳公園の木陰に友と弁当を食ひをり骨のこと話しつつ /岩野伸子
古墳公園という過去を思わせる場所で弁当を食べ楽しく現在をいる作者の景色。弁当を食べながらの骨の話。どことなく、ずれた感じがおもしろい歌。

目の前に出てきてほしい父と母胸の内にはすまなくてよい /大橋智恵子
想いのなかの父母ではなく実際に姿を現して声をかけてほしい。あり得ないと分かっていることを、でもそのまま詠んだ上の句はいいと思う。

両替の受けに十円残れるを前方注視のドライバーが言ふ /尾形貢
何でわかるのだろう。きっと運転も上手に違いない、と思ってしまう。こういうプロっぽい人に出会うとこちらもうれしくなったりするもの。

みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて /梶原さい子
穏やかな湖の水面、オールのゆったりした動き、めくるという表現がたしかになあと思った。水のなかより水あらわれて、にこの時間の濃密さを感じた。

今さつきひまはりの首切りしゆゑ吸ひ上げし水ゆき止まりならむ /亀谷たま江
淡々とした詠いかたがとても怖い。首、切る、の語もどきっとするけど、今さっきという臨場感と水が行き止まりになってるだろう、と死をほおっている感じ。怖い。

たましいの活性化などと言い合いて三ツ矢サイダーふたりでわける /竹田千寿
しゅわしゅわの泡でたましいの活性化。気の持ちようで出来そうにも思えるところがおもしろい。ふたりでわけるが儀式みたい。

長年を象のしづけさの冷蔵庫ゆふべなにやらエラーを点す /万造寺ようこ
大きくどっしりと静かな冷蔵庫。長年の信頼がある。下の句の表現は作者の冷蔵庫に対する親しみを感じる。エラーでもやはり静かにランプを点すだけ。

城門に草笛きかせる人も居り過ぎゆく耳にようやく届く /山下泉
城門を行く人たちがそれぞれこの草笛の音をほんの短い間聞いている。とてもいい歌だと思う。

自分の評を振りかえる

11 /25 2017
毎月の選歌欄評のなかには私がブログで感想、評を書いた歌もたまに載る。

今月(11月号)は私の感想と正反対の評が載っていた。

歌は介護の仕事に就いている作者の歌で、

動かない手を撫でながら老人はユーチューバーになったと言えり /吉田典

という歌。(9月号)

私がブログに書いたことは、
手が動かないならユーチューバーは無理だと思う。心におもたいものが残る歌。
というもの。

歌に詠まれている老人は日常のことがすこしあやふやになってきているのではないかと思ってそういう感想を持った。
そして、そういう人の思いを否定せずそのまま受け止める作者の気持ちを思った。

けれど、今月の選歌欄評ではこの歌を明るい歌として読んでいる。

動かない手でパソコンを操作しいくつになっても新しいことにチャレンジすることは良いことだと思わせる作品、とあった。


チクタクチクタクチクタクチクタク・・・・・。


たぶん、この歌はこの評のように素直に読んだほうがいいのだろう。

そう思う。片方の手は動いているからユーチューバーも無理ではないのかもしれない。まったく動かないのではなくて両の手が動きづらいというふうに読めばよかったのだと思う。

そう思って歌を読むと、自分の状況を笑い飛ばす力強さを持つ老人と、その老人の小さな動作までも細やかに見ている作者の姿が浮かんでくる。

博多っ子なら読んでおこう            大隈言道 「草径集」

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11 /24 2017

博多っ子でなくても読んでね!

大隈言道「草径集」が届いた。古本屋さんのコメントには新刊購入未使用品、貴重なデッドストックです、と書いてある。新品は嬉しいけれど博多の人、それも幕末の重要歌人とされているのにデッドストックとはなんか複雑。

そういう私も言道のことを詳しくは知らなかったので「どうして旧居を売却してしまったんですか!」と県に言えない。県は惜しいことをしてしまった。(昭和四十一年)

これからは言道の歌の伝道師の端くれになろう。時どき。


「草径集」の歌はとても親しみやすくユーモアを感じる歌もある。言道が大阪に滞在していた時に出版した(1863年)もので上中下巻三冊からなる。九百七十一首。


花下詠嘆
此春もおなじさくらのもとゐしてさらなることをまたいはれけり /大隈言道


暁花
春の夜のあけがたくらき野べにきてよく見えもせぬ櫻めでかな


寒燈
ただ一(ひとつ)のこるともしび火ながらも冬の夜更てかげぞ寒けき



かぜふけばそらなるほしも灯のうごくがごとくひかる夜はかな



言道には博多の土地のことを詠ったものがあるみたいだけれどそれは「草径集」にはないようだ。
何首か見つけたらそこに出向いて言道VSわたしをしてみようと思う。言道吟行というものも歌会でも出来たらいいな。
 
「草径集」大隈言道 岩波文庫520円

博多っ子なら知っとこう

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11 /21 2017
銀行に置いてあった読みものが面白かった。

商品のパンフレットかと思って気に留めてなかったラックに「博多に強くなろうシリーズ」と書かれたものがあり、「大隈言道」のことを書いてあるのがあった。名前は知っていたのでぱらぱらと読んでみたら、話し手(対談方式)の方の言道への想いが熱くて内容も面白かったので持ち帰ってきた。対談は平成八年とあるのでずいぶん前のもの。


博多の大隈言道(ことみち)は、福井の橘曙覧(たちばなあけみ)と共に幕末を代表する二大歌人。二人とも慶応四年(1868年・明治元年)に亡くなったということ。歳は言道のほうが14歳年長。

言道は思ったままを自由に歌おうや!と歌を町人にも身近なものに感じさせた歌人のようだ。旧来の歌に縛られない歌を詠って、パンフレットの中では「天保の俵万智さん」と話し手の方が語っている。

明治開化の西洋礼賛に押されて橘曙覧も言道も注目されることがなかったけれど、明治中頃に橘曙覧を子規が、言道を佐佐木信綱がそれぞれ発見する。信綱のその時の感激は「ささのや記」に記されている。

「その夜の月の光、青くほのぐらかった光は、今も忘れがたい。・・・・」というふうな出だしで、信綱の感激の様子が伝わる。信綱がそんなに褒めるなら、と読んでみたくなった人もたくさんいただろう。

この時信綱が読んでいたのが「草径集」。神田の古本屋で手にする。名も知らない言道のことをその後長い間調べて、十五年かかって大正七年に共著で「大隈言道」を出版する。


ちょっと話がそれるけど、少し前に知った信綱の歌の

どつちにある、こつちといへば片頬笑みひらく掌(たなそこ)の赤きさくらんぼ /佐佐木信綱

は、会話が自然に入っていてびっくりした。昔にしては新鮮な感じの歌という気がして信綱のそういう感性というか、少し言道と共通するものもあるかもしれないなと思った。


パンフレットには折々のうたで紹介された言道の歌が載っている。

わりて見るたびに面白しいつもいつも並べるさまのおなじさや豆 /大隈言道

今月の塔にでも載っていそうな歌。

四十歳の頃百日かかって書いた歌約一万首の短冊を田んぼの雀脅しに使ってくれと農家に配った、とか面白いエピソードも書かれてある。言道は江戸に行ったり、大阪に十年滞在したりと元気な人だったよう。

信綱とこのパンフレットの話し手の方の、言道のことを広めたいという気持ちが伝わってくる読みものだった。そういうわけで「草径集」を読みたくなり、文庫で出ている中古のものを注文いたしました。状態非常に良し。980円。
 

・博多に強くなろうシリーズNo.64 
<天真爛漫に歌を革新した幕末の大歌人「大隈言道」  
話 福岡市歌人会会長 医学博士 桑原廉靖氏>

ロシア、福岡、博多かな

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11 /16 2017
秋らしい気持ちのいい日。今日は天神でランチをしたあと博多駅に行く用事があり駅まで歩いた。地下鉄だと天神、中洲川端、祇園、博多の駅三つ分。

今日お昼に行ったお店はロシア料理「ツンドラ」。1960年創業の福岡では古いお店。私が10歳の時に亡くなった父がたまに連れて行ってくれていた。時々ふいに行きたくなるお店。

当時の値段は幾らくらいだったのだろう。今はボルシチランチが900円、グリバーミランチが1520円。その上のスペシャルランチもある。場所や、美味しさ、雰囲気から見てこの値段は全く高くない。
美味しい。肌寒くなるこの季節からがことに美味しい。



マトリョーシカがお出迎え。
店内はレトロで落ち着いている。静かなクラッシックが鳴っていてゆったりする。


看板メニューにピロシキ、ボルシチ、グリバーミがある。
お店の料理の写真を撮るのがいろんな要素から好きではないのでこの三人に託してみる。


出演 カラマーゾフの兄弟

「は!こいつは驚いた。アリョーシャ、お前も一口食ってみろ、このピロシキを!まるで俺たちの国の味がしないか?ああ!思い出すなあハチャメチャな奴らとの日々!まるでこの具じゃないか。そしてこのボルシチのこの赤色。この赤色はどうだ。何で店主は俺の心の色が分かったんだろうな。」
「ほんとうだね。兄さんが喜んでくれて嬉しいよ。イワン兄さんも早く来ないかな!」
「おおかた神様と散歩でもしてるんだろうよ。自分とうりふたつの神様とな。あいつはこのボルシチの色や味など分からんさ。あいつには沈む夕日だって赤ではないのさ。」
「そんなことないよ。今日お店を予約したのだってイワン兄さんなんだから!あ、来た!ほら、グリバーミを食べたいなって顔して、ぼくたちと一緒にね!そんな顔して向かってきてるよ!」

キリがないのと、グリバーミを語らせるのを考えるのに時間がかかりそうなので終わり。

グリバーミと言うのはつぼ焼きシチューのこと。
グリバーミだけ撮らせてもらった。
なかにキノコのホワイトシチューが入っている。
上のパンを細く長いスプーンで崩しつつ、シチューにつけつつ食べる。あつあつ。


食後に200円でロシアンティーがつく。ジャムが入って甘酸っぱい紅茶。ツンドラは最後まで美味しい。

ピロシキ、ボルシチ、グリバーミ、ロシアンティーのあつあつ続きで身体はぽかぽか。

ロシアを出て、博多駅方面へと歩く。


アクロス福岡というビル。会議があったり、クラシックコンサートなども開催される。これは裏の広場側から見たところ。表の道路側に出て西に歩けばさっきの「ツンドラ」に繋がる。

歌会会場の赤煉瓦文化館はこのビルの表を背にして立ち道を渡って50メートルくらい歩いたところにある。


ビルを横から見たところ。階段状の壁面に灌木や草が植わってる。建ったころは植えたばかりでほとんど何もなかったのにいつの間にかこんなに育った。植木のための水と思うが上から流れてくる時間があって一階の喫茶店の軒先からさらさら落ちていく。

博多駅へ進むを続ける。東に向かって橋を渡る。
橋を渡れば博多区。さっきのビルまでは中央区。武士の町福岡と、商人の町博多がここで句切られる。


中洲川端商店街。昔からある商店街。写真奥は南の方向。博多駅へ行くにはどこかで南へ折れないといけないのでここから折れて進む。今の時期、せいもん払いがあっている。

アーケードの先にはキャナルシティ福岡という買物、映画館、劇場が集まった複合施設がある。これが出来たので一時期閑散としていたここの商店街にも新しいお店が増えて人が多くなった。昔からのお店は仏壇、刀剣、提灯、などがある。

せいもん払いは、誓文払いといって大阪の蛭子であっていたものを博多の漬物商人がこれはいいぞ、と思って博多でもするようになったということだ。もうけを抜きにしての大安売り。


そして角を二つほど曲りながら歩き博多駅に着いた。
街案内風のブログにする予定じゃなかったので博多駅の写真や途中の神社の写真がない。

ひとりでできるあそびかな

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11 /15 2017
秋の陽射しが眩しい。

詠草には書かないのでここに記す。
去年総合誌の企画で歌遊びなるものがあってそれを見て作った歌。
若冲展が遠くで話題になっていた。


若冲は動物たちに人気だよ鹿は広重好きなんだって /宇梶晶子


歌に吉川宏志(ヨシカハヒロシ)を入れた歌。
皆はあっちが好きっていうけど自分の好きなものに素直になりましょうという深読みも出来る。
吉川さんにしたのはその企画に連作が載っていたから。


かわいい仕上がりになってこの一首はお気に入り。

YOU RAISE ME UP

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11 /12 2017
知り合いがゲスト演奏としてバンドで出演するというのでライブハウスに聴きにいった。

そのバンドにいた堀北真希似のバイオリニストのかたがすごかった。

「YOU RAISE ME UP」の2番のところから歌い始めてその歌声がほんとうにきれいで素晴らしかった。

たくさん水を湛えたおおらかな樹みたいな歌声というか。

行ったのは週半ばなのに、その時の歌っている姿がまだすぐそばにあって曲が鳴る。

主に地元で活動されているようなので機会があればまた行きたいなあ。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!