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塔10月号 追記☆彡双子歌

10 /31 2017
明日から11月。

ロッテ発売のラミーチョコレートとバッカスチョコレートというのがあって、これは美味しい。これがスーパーに並ぶと、ああ、もうこの季節かと思う。毎年かならず買ってしまう。もうすでに買っていて、少しずつ食べている。


今月の双子歌☆彡  ~季節の訪れ~

ひぐれまで水田のひかりことしまたオタマジャクシをタガメはたべる/大橋智恵子
(月集)

蝉の鳴く朝は今年も来たんだねトーストかじった子は父に言う /吉口枝里
(作品2)



夏の始まりの歌。それぞれ、「ことしまた」「今年も」と巡りくる夏に生き物が登場する。

一首目は、上の句のひぐれまで水田のひかりがとてもきれいなぶん、下の句の生き物の食べる食べられるが印象に残る。シンプルさがいいと思う。

二首目は子の物言いがいいなと思った。蝉の鳴き声を背景に朝の食卓の様子が浮かぶ。蝉の鳴き声のことを言っているところを見ると、土曜とか日曜とかゆっくりとした時間かな。


以上今月の双子歌☆彡

塔10月号 作品2、若葉集☆彡

10 /30 2017
10月も終わる。さよならカボチャ大王。美味しい煮ものにならんことを。

作品2

まだ覚えやすい学名だったのに夕立の頃すでに忘れつ /廣野翔一
水族館を訪れた連作のなかの一首。覚えやすいと思った学名だったのに忘れてしまった。一気に降る夕立の激しさ。何も見えず、もう思い出すことはむつかしそう。

覚えやすい学名ってどんなものかと思って、水族館だからクラゲで検索してみたら、カブトクラゲの学名はBolinopsis mikado.。カブト(兜)と帝でこういうのは覚えやすいかもしれない。でも前半は忘れそう。今まで学名とかあまり気にしていなかったけど見てみると面白いモノなのかも。

霧雨の降りつぎながら明るみて時どきスズメが草に下りくる /今井眞知子
降りつぎながら明るみて、がいいなと思う。まだ湿り気ある草に下りてくるスズメの様子がかわいい。

ぱたん ぱたん 傘の倒れる音がする雨降る夜の電車にゆられ /垣野俊一郎
閉じた傘は座った時に持ちにくい。夜の電車、少しくたびれて眠っている人の手元から倒れる傘。ぱたん ぱたん、の一字あけ、車内各所で倒れる傘の感じがでている。

オホーツクの海霧押し寄せ土産屋の<蟹あります>の幟を隠す /北野安太
幟ひとつ隠れたことを言うだけで一面まっ白の情景が浮かぶ。すごい景色。蟹あります、の言葉もいい。

幼子はおうちがこわれているよと言う小さな声でニュース見ながら /鈴木緑
幼子にとっておうちがこわれるということはとても怖いことだろう。人のことや命のことをまだ把握できない歳なのかもしれないけど、小さな声で、ということから漠然とした不安を感じているのだと思う。

弟が風呂場のドアを閉める音 いつか追い出される日を思う /田村穂隆
脱衣所の奥でバタンと閉まる音。少し遠い音というのが、いつか、を連想するのだろう。


若葉集

地下鉄の隣席のひと突然に小銭かぞえしのちのしずけさ /神山俱夫
地下鉄代を確かめたのか。静かになったのは安堵したからなのか、作者にも分からないというところが静けさを分かち合っているようで面白い。

記念ってキミはわりかし使うよねいいよいつも記念日でいい /希屋の浦
わりかし。すごい口語。口語と一首の軽い感じとがとてもあっているように思う。記念日を大事に思う相手、記念日自体はそう大事じゃないように思っている作者。差異が面白い。

制服を着れば無敵と思ってた頃は洗ってなかった食器 /平野杏
無敵と思っていたものは幻想だった。今は日常の面倒なことをいろいろとしないといけない。無敵という大きな言い方と食器を洗う些細なことの組み合わせが面白く実感がある。

生きてゐる我はときどき一辛(いちから)のcoco壱カレーを食べたりするが /岡部かずみ
叔父さんの死を詠んだ歌が並んでいる。死んだ後には好みの物も食べれないし好きなことも出来ない。辛さも生きているから感じるもの。

職業を世間話として聞かれマニキュア剥がしておけばよかった /椛沢知世
職業に対して何かの思いがある作者。世間話として聞いてきた相手にはこれ以上自分をオープンにしない。マニキュアは気に入りの色だろう、自分の気に入りのものや自分を表すものをもう見せたくなくなった。


以上作品2、若葉集☆彡

塔10月号 作品2☆彡

10 /29 2017
昨晩から降っていた雨が昼にはあがり夕方は穏やかな日差しがあった。

毎月の塔から歌を三十首と少しづつ選んでいるけど、他のかたのブログやフェイスブックをみていると、選歌欄から十首ずつ選ぶという方法、それのほうがわたしにはやり易いかもしれない。と、この頃思う。
十首づつ選んでそれに感想をつけるのは時間的に大変だろうと思って全体から三十~四十首を選んでいたけど、そうしたらそうしたで歌を絞るのにけっこうな時間がかかることが分かった。同じ時間がかかるならどっちがいいか。

というわけで、来月は各選歌欄から十首づつ選ぶ、をしてみようかな。試し。

今月は今までどおり☆彡



作品2

お元気そうと言われて一旦停止する気持ちを端から三角に折る /丸本ふみ
一旦停止する、その先に作者が自分の心のなかだけでとる行為。三角に折るは、折ってもすこし浮く折り紙をイメージした。全くの拒否ではない、でも、気持ちはやはり隠すを選んでいる微妙な心情かと思う。

先生が名でよびくるるうれしさよ短歌教室「田中」はふたり /田中ミハル
田中さんはよくある苗字のひとつ。でも、それがかえって嬉しいことにつながった。先生との距離が近くなったような感じだろう。名前で呼ばれるとうれしいもの。

良いお肉、食べに行かうと言つたときやうやく笑つてくれたね、じいちゃん   /大江美典
良いお肉、この初句がいい。おじいちゃんを喜ばせたい気持ち、大切にしてる気持ちのさりげなさがいい。

桃色を食べてしまえば寂しさが残ってしまう三色団子 /水野直美
桃色の華やかさ、可愛らしさ、なくなればたしかにさみしい。三色団子は三色のまま在り続けるべき団子なんだ。はじめて思った。

叱る人叱られる人かき氷かさりかさりと水になりゆく /福田恭子
かさりかさり。うすい氷の音がいいと思った。叱る叱られるも場所により変わる立場だろう。水になりゆくはそういった全体の世界に思える。

参観と懇談終へて買物しゆつくり作つてゆくオムライス /岡本伸香
歌からはいつもは仕事をしている雰囲気が。仕事の日はもっとばたばただけどこの日は時間がゆったり。ゆっくり作るオムライスに作者の気持ちの余裕と休日めいた楽しさがある。

夏ふいに刻は動けり日盛りを桃の香すつと過ぎゆくなかを /有櫛由之
時間が止まっているような真夏の暑く重く動かない空気。それが桃の香が過ったことで動く。こちらまで香りが届きそう。

コンビニに幼なじみの姉がおりて手を包まれて釣りをもらいぬ /片岡聡一
お客と店員としてのことだけど、お客と店員としてでなければありえないことだろう。照れというか困惑というか、この歌からはきれいな店員さんが思い浮かべてしまう。

結婚のいきさつまでを知る人と枇杷の木ごしに会釈をかわす /山名聡美
会釈の相手は近所の人、母親と仲が良い人かな。枇杷の木ごしの会釈がいいと思う。少し距離ある気持ちを表しているように思う。

ベンチにて妻の帰りを待つ影が石にと移り倍にも伸びる /武井貢
ずいぶん待ってる!石にと移り倍にも伸びる、面白いなと思った。夕がたの長い影が浮かんでくる。

娘のくれしCDラジカセ消す時にSee You!と輝(て)り のち闇溢る /岡村圭子
眠るまえに聴いていたのだろう。See You!のひときわ明るいメッセージと光。そのあとの静けさと夜の闇。


(作品2に続く☆彡)

22日の赤煉瓦歌会

10 /25 2017

池本一郎さん、ありがとうございました!

10月22日日曜日、選者派遣で来られた池本一郎さんをお迎えして、池本さん+赤煉瓦歌会メンバー、12人での歌会があった。

池本さんが塔に入られたのは1961年とのことなので、もう、56年も歌といっしょの日々をおくってこられてる。わたしも全然生まれてない頃からされてる。

長く歌をするとたくさんの人のいろんな歌に触れて、様々な歌を受け止める箱ができるのだろうな。

歌会中の池本さんの評を聞きながらそう思った。

「わからん、というのじゃなくて、ここまでは分かる、ここも分かると。そうすると、ここは何だろうと想像してみる」

「この言葉がむつかしいと言うのではなくて、どうしてこの言葉を作者が使ったのだろうか、と作者の側に寄る」
など。

わたしは評の時に、この言葉があるから混乱する(分かりにくくなる)とか言ってしまうので、もう一歩作者の側に寄って考えることを気をつけたい。作者が言いたいことな何なのかを考えて一首全体を見ないといけないとあらためて思った。そして、そういう気持ちを持ちながら、分かりにくい時は分かりにくいと言おうと思う。


あとひとつ、今回思ったこと。

上に書いたことと関係あるけど、今回のみんなの詠草プリントを見た時に(歌会の数日前にそれぞれの家に届く)、いつもの詠草よりもがやがやしている感じをうけた。
いつもは、届くプリントを見てそんな感じを受けるとこはない。全体的に落ち着いている。

何でかなと思うと、自分も含め、一首を仕上げる最後のツメの部分、そこが整わずの歌が多かったんだと思う、今回は。

最後まで気をつけたい。


池本さんありがとうございました!

塔10月号 月集、作品1☆彡

10 /23 2017

隊長、ハロウィンの衣装はもうどこにも売ってませんでした。

塔の歌の記事を書くときはいつもすぐそこに来月が来てる。歌、まだ読み終わっていない。それはそうとコーヒー、紅茶が美味しくなってきた。


月集

投げたくなる、と言つて渚にあきちやんは大切な石にぎりしめたり /花山多佳子
気に入りの石を見つけ大事に持って帰りたいのに、目の前の海に投げてみたいという衝動。自然にこぼれるようように言っている、投げたくなる、がいい。

松本市大手にありしジャズ喫茶は裏からの貰ひ火に焼けてしまひぬ /真中朋久
裏からの貰い火という言葉。単なる事実以上の怖さ不気味さがある。洒落た店の表や店内からは見えていなかった裏という存在を感じる。

幸せを説きゐるわれに声低く疲れないかと息子が言ひぬ /岩野伸子
息子の、疲れないか、の言葉。作者がまじめに語るほどにそのずれのようなものがおかしく、切ない。幸せを説いていた作者のふーっとした疲れが聞こえそう。


作品1

戸にもたれ佇みをれば向ひ家のあの木今日は大きくみえる /坂根美知子
少し疲れてるのか、外を眺めるといつもの木が見える。でも今日は大きくみえる。時間的余裕がそうさせたのかもしれない。自分を励ましてくれているような木。

受け取つて貰へず菓子折膝にあり移る車窓の若葉が眩し /林はるみ
受け取ってもらえなかった菓子折。すこし気落ちしただろうけど作者の気持ちの切り替えは早い。車窓の若葉が気持ちいい。

重さうに抱き上げてからこちら側に向けて真白き猫の手を振る /山口泰子
重そう!重そう!作者を見送る人が猫を抱き上げ猫にばいばいをさせている。猫と作者と飼い主と楽しい時間を過ごしたのがわかる。

ひるひなか洗い晒しの顔さげて実家へ寄れば母老いており /沼尻つた子
不思議な感じがする歌。洗い晒しの顔で訪れた先には老いた母親がいた。洗い晒しの顔というのは、素の作者でもあり、母から生まれた子としてそこにいる。子と母がとてもうまく際立っている歌だと思う。

節つけた包丁研ぎの声が行く砥石を出して我も研がねば /浜崎純江
この歌も不思議な感じ。流れていくような上の句。結句の、研がねば、に作者の何かを追うような意思を感じる。実景とは思うけど心象の景にも思える。

各停の座席で抱いて眠るのにちょうどいいうすきみどりのリュック /上澄眠
各停だから、その都度ガタンと停車する時の作者の体の揺れが見えて面白い。うすきみどりはかわいい。色しか歌われていないのに、大きさや形態が想像できてしまう。

独り言つぶやきながら青き魚煮つめて今宵の食卓につく /小畑百合子
一人で暮らしているとは歌われていないけど一人感がすごく出ているので一人暮らしだろうと思う。青き魚も一匹だろう。青き魚が一首の中心に置かれているのがいいのじゃないかと読んでいて思った。

あじさいが雨空のもと咲いている わたしはわたしを支えていたい /永田愛
あじさいは花が大きくくらりくらりとしそうに見える。わたしはわたしを支えていたい。支えていたい、というのは、支えてゆくと違う。
支えてゆく、よりも支えていたい、はむつかしそうなのだ。前を向く意思を持ちながら、心細さや張りつめているものを抱いているのだと思う。

最近の体温計は速すぎる感じいってる暇なし終わる /相原かろ
感じいってる、というくだけた言いかたがとてもぴったりとくる。熱が何度くらいあるのか、自分は風邪をひいているんだと風邪ひき人(特権)を意識できないくらいの速さで測定が終わる。じわじわあがる水銀の線がなつかしい。

絶対にわたしを壊さないひとだ 泡立つような白樺の木々 /大森静佳
相手に対する信頼の強さ。下の句の美しい景。泡立つようなからは儚さや消えてゆくものが見える。その情景が消えたあとも消えることがないつよい想いが伝わってくる。


作品2につづく☆彡

思い出だすはいと楽し

10 /22 2017

何かの拍子に塔誌の誰かの歌を思い出すことがある。完全にじゃなくて八割くらいの覚えかたの時が多くどんな歌だったっけ、と気になる。


京都へ行く時の新幹線のなかでどんな歌だったっけ、となった歌があった。

百キロを超えたあたりから旅情というものは消える、という歌。

塔9月号の歌を読みながら気にしていた歌ではあったから右ページ下だったと思い、帰宅してから初句が百で始まるのを目印に捲ったら見つかった!


百キロの時速を越えるあたりから旅情といふもの消えてゆきたり /高阪謙次


そうよねえ、と思いながらその時読んでいてだから思い出したんだろう。

新幹線は300キロくらいだからこの歌から見たら旅情どころじゃない。すれ違う時の空気がドンっ、とくるのもコワいし。
時速100キロといったら何特急だろう。



さらに、帰りの新幹線ではまた塔の歌につながるほんとに面白いことがあった。



それは塔10月号を読み進めていたこの歌の時にきた。


蓬莱の肉まん買ひて少年は肉まんが笑ふやうな顔せり /吉澤ゆう子


丸顔のほんわかと幸せそうな少年の顔が浮かぶなー、と思っていたら・・・。

隣の席のスーツの男(ずっとスマホをしていたのでビジネスマンとは呼ばない)の足元に置かれたお土産!
「551 蓬莱」。

この歌を読みながら、これだ。と思って楽しい気分になった。


驚いたのは博多に到着して降りる時、スーツ男の他に車両にひとり、連結部分にひとり、蓬莱の袋を下げているスーツ着た人がいたこと。大人気。
温め直して食べたことだろう。


名歌とかそういうのではなくても、気軽にその時だけのことかもしれないけど思い出す歌があるのって楽しい。塔は笑ってしまう歌とか、気軽にそうよねえ。と思う歌もあるし。

そんなこんなの行き帰りだった。


(今日の記事は一昨日書いた新幹線ハプニングとは別のこと)

京都 「高安国世 高安醇  父と子  作品展」

ブログ
10 /21 2017
今回の京都日帰りの目的地はギャラリー白川。

さて行こう!

ギャラリーは京都駅前から206番で20分すこし。東山安井というバス停まで行って降りたらすぐのとこ。

バスの運転士さんが「他に降りる方いませんか」のことを「おあとよろしいですか」と言っていて福岡とは違うなーと思った。
福岡はふつうに「ほかに降りる方ございませんか」。運転士さんによるところもあるかもしれない。

どのバス停からも観光の人が乗ってくるし、道々グループがぞろぞろ歩いてるのを見るとさすが京都と思う。


バス停に着いてバスを降りテクテク歩くと


あった。


ちょっと行けば賑やかなのにここは静か。

そして着いた。


高安醇さんご本人がいらっしゃってこの方が歌に詠まれていたかたなんだと思うとじんとくるものがあった。会ったことのない高安国世さんとの距離が近づくような感覚。


ページを開くと右に絵、左に歌が載っている。左開き。

きれいな色の絵を眺めて、お話も聞けて、けっこう長くギャラリーにいた。

京都滞在時間は短かったけど、本当にいい一日だった。本当に。

京都おひとり日帰りツアー

ブログ
10 /20 2017


京都に日帰りで行ってきた。片道2時間40分はそこまで長くないし、行き帰りに塔10月号の歌を読むことにしていたからあっという間。うとうともするから。

新幹線ハプニングもあり楽しい一日だった。

今回はギャラリー白川を初体験。

出来れば一泊して旧月歌会に参加か、堺市で開催の松村さんの講演を聴きに行くかしたかったけどそれは叶わず。

お近くにお住まいのかたはぜひ講演にれっつごう!

(続く)

肌寒の頃としなりておとなしく蒲団かかむり   眠りゐる子ら /高安国世

10 /18 2017

寒くなりました。毛布出したりカーディガン着たりの季節です。


京都のギャラリー白川で「高安国世・高安醇 短歌と絵画 父と子 作品集」出版記念展が始まってます。

見に行く前にと思って高安国世全歌集を読んでいるところ。読み終わらないうちに行くことになる。


今日のタイトルの歌は第二歌集『真実』(出版順では第一歌集)からのものです。なんてことないことを、なんてことないふうに歌っているけれど、詠もうとしたらむつかしい。

この一首はなんてことない歌なのだろうか。優しい、いい歌だ。


高安さんには四人のお子さんがいます。(長男の国彦さんは三歳半で亡くなる)。
四番目に生まれた夏美さんが、最初に名前で詠まれたお子さんのようです。それまでは、子や幼子と詠まれてる。
男の子の名前を歌に詠むことに気恥ずかしさとかあったのかな。

幼き兄ら二人と並び寝し嬰児(みどりご)夏美みればちひさし
みどり兒といへど女子(をみなご)の並び寝て夜床はやさし我らと子らと


周りの空気をやわらかにする女の子のやさしい感じが伝わる。名前で詠みたくなる気持ちがたしかに湧きそうです。
夏美さんを詠んだあとは、文哉さん、醇さんも名前で登場する。



『Vorfruhling』(ふぉあふりゅーりんぐ)、『真実』から、子を詠んだ歌を何首か。

ひとりになりいたくしづかなる幼な兒とけふの一日も遊び呆けつ 

夜(よひ)よひに並びて眠る子なれども夢のうちにてその子と遊ぶ 

ズボンまた濡らしたる子を罵れば声も立てずに寝ねてしまひぬ 

遊び足り心足らへる幼子か石ころ道にころびて泣かず 

いとけなき弟を連れ戻り来て厠に歌ふ幼な子のこゑ 

我がジャケツのポケットに手を差し入れて物言はぬ子の寄り添い歩む
 


出版記念展のお知らせに載っている「夕闇のイタリー」のオレンジ色。それを去年見に行きたかったのでした。でも、行けなかった。
今年は歌と一緒の展示なのでうれしい。


(※ふぉあふりゅーりんぐの「u」の上には「"」があります。キーで打てなかったので「u」になっています。打ち方はあるのでしょうが分からないのでみなさま各自「"」をつけて読んでください。読みかたもわたしにはむつかしい。当時は教養としてみんなこれくらい読めていたのでしょうか!)

かんころ餅がある島の

ブログ
10 /16 2017

中三の学校嫌いな子に何かと忙しい日々。
昨日「長崎県高校生離島留学制度」の説明会に行きました。
(離島ではなく博多駅でありました)

チラシに全国募集!と書いてあるのでせっかくだからご紹介。なかなか面白いです。



募集している高校は、対馬、壱岐、五島、五島南、奈留高校の五校。


それぞれとてもユニークなコースがあります。


たとえば、対馬高校には韓国の語学と歴史・文化を専門的に学ぶコースがあって、これは全国の公立高校で唯一ここだけだそうです。

壱岐高校には中国語、東アジア歴史コース。ほかの高校では、不登校の子のコース、スポーツコース、英語コースなどなど。


海外研修旅行の様子や遺跡みたいなものの発掘作業のムービーがとても楽しそうだった。
好きなものがはっきりしている場合、こういう高校で過ごすのもぜったい楽しいと思う。




今年初めて作ったというチラシの効果があったようで、こんなに集まったのははじめてです、と主催者が言われてました。(親子で来てる人もいて合わせて30人くらい)



五島も対馬も海がすごくきれいなとこです。

と、いうことで。

福岡県民からの楽しそうな長崎県アピールでした。

おしまい☆彡

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!