塔9月号 作品2☆彡その1

09 /27 2017
作品2は数が多くそのぶんいい歌も多い。ここに書いていないだけで、素敵な歌や面白い歌やしばらく眺めてしまう歌などたくさんある。介護の歌も多い。介護もひとくくりではなく様々。歌を読んでもこちらからは何もできないけれど、読んでいるということがどこかにつながっていればと思う。

作品2から☆彡

加湿器の音を雨かと間違ひぬやさしき雨を待ちてゐるかも /潔 ゆみこ
雨の音と間違ったことで、やさしい雨を自分は待っているのかもしれないという逆の気づきがおもしろい。

閉店のお知らせのある喫茶店に誰が居るのか換気扇回る /小島利明
昔スタイルの喫茶店も最近は減った気がする。換気扇だけが回るのがさみしい。なかに店主がいて片付けているのかも。

砂浜の傾斜の急な滑り台子の名呼びつつ私がすべる /松浦わか子
砂で遊んでいる子どもに母親が、この滑り台面白いよ、おいでよー、と声をかけてるところかな。自分も楽しんでいる感じ。でもなぜか広い砂浜に二人だけしかいない感じがして、そう思うとさみしい。

読み終えてしまってもまだ始まっていない気がする結末だった /鈴木晴香
確かにページ上では物語は終わってもそこから先の話はどこかにあってもいい。作者からみたら終わっていなどころか始まってない物語。想像力が豊かな作者と思う。普段の生きかたも今から、今から!と元気なのかも。

しろたえの根切もやしの三袋をショルダーバックに入れて夕映え /小林貴文
しろたえと夕映えをうまくこなしてある。もやし袋は真空パックのようにピシッとなっているものも多くて、ショルダーバックにたんたんたん!と入りやすい食材。生活のなかの一場面がいい。

講座受け作り終えし自分史を独り身の姉に急ぎ届ける /塩見俊郎
たぶん自分史のなかには独り身の姉も登場するのだろう。急ぎ届ける、に気持ちがある。優しい歌。

実家には亀がいて永い夏が来る揺れ動くたびにぬるくなる水 /森永理恵
実家とぬるくなる水の取り合わせがよく考えてあるなあと思う。帰省しているのだろうか。なんとなくすっきりしない気持ちが揺れる。

息をするようにあなたと笑うようにこの筆先に馴染まんとせり /荒木みのり
あなたと笑うようにの比喩がいい。筆先にそう思うなんて。でもそういう気持ちで書くとすごく上手くいきそうです。

複雑に形を変へて世の中をひと時渡るLARKのけむり /近藤真啓
街でたばこを吸う人を見かけなくなった。漂うLARKの煙。なんとなく控えめな漂いかたの気がする。たばこ自体も生き残るために形を変えているんだなと歌から思った。

後処理の美しさにも注目をする人が居てうれしい初夏だ /廣野翔一
表には出にくい後処理。意識してか意識せずともか美しく仕上げることができる作者。とても嬉しいのが伝わってくる。


内野席に座れる青年に目の留まり亡き息子(こ)の面影確かめに近づく /新城研雄
もう少し歌を短くできそうとは思う。たくさんの人の中に息子に似た人がいる。息子ではないのに思わず近づいていくその気持ち。

イヤホンの音ひとつ下げて静かなり死ぬまでに見る紫陽花の色 /鈴木四季
かなり静かになったイヤホンからの音楽。入れ替わるように目に入ってくる紫陽花。たっぷりとした紫陽花の色だけど自分が死ぬまでに見るその量をふと考えている。

こんなにも眩しいものか運動会小学校のそばを通れば /櫻井ふさ
小学校の運動会に含まれていそうなもの、友達、家族、若さ、などだろうか。運動会があっている校庭の傍を通りながら、そこがとても遠いものに感じている。運動会、太陽が反射する運動場は白くて眩しくそのうえで行われている賑やかさは幻のようにも実際見える。

(作品2その2へつづく☆彡)

昨日の赤煉瓦歌会

09 /25 2017

「ウルトラマンタロウって。タロウってよく付けたなと思います。」

昨日の赤煉瓦歌会は全員参加。11名。
年間歌会記の話が出たり、もうそんな時期なんだ。昼間の陽射しはまだ暑いけれど。

歌会が終わって参加者の一人から筆名を変えたとの報告があり、すでに知っていた人も初めて知った人も興味深くその報告を聞きました。筆名というものについての話で少し盛り上がる赤煉瓦文化館第一会議室。

筆名にしたいという気持ちもある、という人もいた。

今回新しい筆名にした人の本名、好きだったから一抹の寂しさがあるものの。

思い切って新しい名前にすると決める。
自分が嬉しくなるほうへ決めるというのはいいことだと思う。

思っていたより古くから

ブログ
09 /23 2017
今日は早良区剣道祭を見に行った。

大会パンフレットの出場者名を見ていると、中学男子2~3年の部の名前に翔がつく名前が多い。

53人中
翔太(二人)、翔太郎(二人)、翔大、翔馬。

多いと思ったけど書いてみると六人か・・・。(次男もショウタだけど字違い。)


いつごろから人気なのかさらっと見てみたら、

1982年に男子人気名前10位に「翔」がランクイン。

1986年に「翔」6位、「翔太」7位。

1987年は「翔太」3位、「翔」7位、で逆転。

1988年に「翔太」1位!「翔」9位。

1989年から1991年まで「翔太」1位が続く。1989年には「翔平」が7位にランクイン。

「翔」「翔太」はその後もほとんど10位以内の人気。

2003年になり新顔の「大翔」ランクイン。「大」の字も人気。

その後も「翔」の字が入った名前はいつも10位以内。

大、太はいつも人気。也も人気が出てくる時期があったりけっこう見ていると面白い。

わたしの感覚では「翔」は1990年後半くらいからの人気かと思っていたので意外だった。洒落てる感じがするけど意外と前でした。

誰か「翔」がつく有名人がこの時期にいたっけ・・。



塔9月号 月集、作品1☆彡

09 /20 2017

「Mr.Mが選をしている」「記念号扱いにしますか」「します」

9月号は松村さんが選者として載っていてびっくり。


詠草10首のなかから塔誌面に残る歌を選ぶ。
選者のかたは手書きの詠草を読むことだけでもとても時間がかかると思う。
読んでもらう側にできることは、締め切りを守って読みやすい字で詠草を書くことだけです。


それでは9月号、月集、作品1から☆彡

朴の葉のようにも寛くなりゆける母をこの頃哀れと思わず /前田康子
上の句のような優しい視点でそう考えられるようになるまでの作者の気持ちを思った。哀れではないと作者が思うならそれは本当に哀れなんかではない。

記憶とはどれほどのこと真夜中の廊下をゆけば闇はゆれてる /江戸雪
記憶についてのすこしの懐疑。廊下という限定された空間とゆれ。記憶は共有されていそうでやっぱり自分だけのものなのだろう。

なんでこんなに寒いんやろか夢のなかざるそば待つ間を呟くわたし /なみの亜子
不思議な夢の歌。寒さと空腹という人間の感情に繋がる部分がでていて面白く、すこしさみしい夢。

たまたまの夕暮れに座すどうしてもここへ来たかつた訳ではなくて /松木乃り
そして、たまたま出会ったこの夕暮れを見て作者は何を思ったのだろう。魅かれる歌です。

水を撒く指の間の濡れてきて今日も心あたりのないミスのこと /山内頌子
いつしか水に濡れている指と心当たりのないミスのつながりが面白い。

待っている 窓が汚れていくように眠い感じがここに来るのを /上澄眠
窓が汚れ視界が悪くなりだんだん世界が遠ざかる。やがて眠る。待っている、というと一見受け身にみえるけど、待っていればくる、というように世界を信用しているように思う。

夕べ蚊に噛まれた箇所を掻くばかり廊下の窓より保育参観 /塚本理加
わざわざ参観に行っての子の様子が蚊に刺されたところを掻くところ。可愛らしい歌。

夢にのみ来る犬がゐてどことなく小さすぎるがうしろから抱く /小林真代
夢に時どき来ている犬がいるなんて驚き。どことなく、うしろから、という語のおぼつかなさが夢を見ている実感を思わせる。

宙に浮く感じでひとつひとつ咲く紫陽花だったきみとの日々も /大森静佳
その先へ繋がっているわけではないきみとの日々。紫陽花だったとの言葉からは哀しいけれど美しさを感じる。

何度手は胸を斬ったらいいのだろう「しかたない」の手話繰り返す夜 /片山楓子
しかたない、という時に胸を斬る動作をする。何度胸を斬ったらいいのか、というそのままの言葉がかなしい。

(作品2に続く)

愛とセンスのみせどころ

ブログ
09 /15 2017

 「THE THREE ROBBERS」トミー・アンゲラー/今江祥智訳/1969年/偕成社


前記事からの流れで少し。

「すてきな 三にんぐみ」の英語の題名は「THE THREE ROBBERS」。
それが、「すてきな 三人ぐみ」となっているので最初読んだとき、ほぉ~!っと思いました。
こんなに素敵な題名を付けられて、この絵本は。


次のページ。
三人のシルエットのなかの、この目つき。
すてきな三人ぐみと呼んでいるのが楽しすぎる。

実際に物語でもすてきな三人なのですが、題名に泥棒の語を入れないことなど訳者には決断力がいると思う。
「すてきな 三にんぐみ」という題名は最高。


原題と日本語の題がけっこう違う絵本。自宅の何冊かを見てみました。

「TODAY WAS A TERRIBLE DAY」パトリシア・ライリイ・ギフ作/スザンナナイティ絵/秋野翔一郎訳/2006年/童話館


「THE PLANT SITTER」ジーンジオン作/マーガレット・ブロイ・グレアム絵/もりひさし訳/1981年/ペンギン社


「TWO LITTLE TRAINS」M.W.ブラウン作/J.シャロ―絵/与田準一訳/1979年/岩波書店


「CANNONBALL SIMP」ジョン・バーニンガム作/渡辺茂男訳/1995年/童話館

という感じです!
英語得意な人はどちらの題がしっくりくるとかあるのかもしれませんが、並べてみるとなかなか楽しいです。

the fantastic four

ブログ
09 /13 2017


小学校で読み聞かせのグループに入ってます。と言っても高学年は月イチ。今日は低学年のピンチヒッターとして行きました。

穂村弘著の「ぼくの宝物絵本」に載っていた「火打ち箱」というアンデルセンの絵本を先日図書館に探しに行ったけど、貸し出し中。
「すてきな三にんぐみ」を今日は読みました。あと一冊は「あな」(谷川俊太郎)。

この絵本はうちの本棚所蔵。好きな絵本の一冊ですが、今日これに決めたわけは
 

           ↓  

これを見に行ったつながり!

昨日、天神まで行く用事があったのでついでに見てきました。
スパイダーマンとかアイアンマンとかを生み出している「MARVEL」の展覧会。

アメリカのマンガは悪者をやっつける単純なものというイメージがあったけど、歴史とかちょっと知るとなかなかいいんだね、と思いました。アイアンマンがアル中になるストーリーもあったり、社会を反映してきたようです。

それで、どうして「すてきな三にんぐみ」につながったかというと、展示されていたマンガの中に「the fantastic four」というものがあり、その題名がいたく気に入ったからです。


fantastic four!

いい題名だ!と思って。


そして、うちの本棚の三人を今日は起用したというわけです。

学校を休んでいた次男と行ったのですがなかなかファンタスティックな一日でした。

写真撮ってもらっていいですか、と頼んできた若者二人をアイアンマンのスーツの前に立たせて撮って、その二人が来て良かった、めっちゃ良かった、と嬉しそうに言っているのを聞きながら、「今まで単純なマンガだとばかり思っていてごめんよ。」とひっそり思いました。

大好きなものを見に行くのもいいけれど、普通と思っているのを見に行ったり体験したりするのもいいものなんだと思えた、やっぱりファンタスティックな一日でした。


「すてきな三にんぐみ」 THE THREE ROBBERS 
/トミー・アンゲラー /1969年 /偕成社

短歌往来 8月号

短歌誌
09 /10 2017
昨日は運動会でした。昼の太陽が夏みたいにじりじり暑かった。
でも朝夕は虫の音も聞こえて涼しいです。

とっくに9月なのですが、
短歌往来8月号の特集<30代歌人の現在>です。ひとり12首づつ。

塔からは花山周子さん、澤村斉美さん、西之原一貴さんが登場です!
三人とも子どもの歌が並んでます。子どもを歌うといっても自分を歌うということになるので、歌は不思議。



ダムのごとくに涙をためて歩みゆく一歩一歩の震動が来る /花山周子
最初はお子さんの行動かと思ったけど、作者自身のことかと今は思う。ままならないこともある子どもとの日日にふと込み上げてくるものがあったんじゃないか。次の一歩でたまってた涙がぽろっと零れるのが見える。そこまでは詠まれていないところがいいと思う。

わが耳に子のなぞなぞの続くなりなーんだという語尾だけ聞こゆ /花山周子
プラパンに子が描きたるドラえもんトースターの中で燃え上がりたり 





息子も夫もあつちへ行けと思ふ夜のあつちは雨に沈んだ町で / 澤村斉美
あつちへ行けの言いかたがかわいいけれど、でもその時の本心。でも、また、雨に沈んだ町になんかに放りたくないのも本心。あっちだけに雨が降っているはずもなく雨に囲まれたところに三人留まるしかない。

咳を病むきみを憎んですまなかつた長いカーブに電車は入る /澤村斉美
さびしかつたさびしかつたね夫が子を抱きとめる声草のごとしも





もう泣くなわかつたからと味噌汁のかぼちやのかたち汁にほどける /西之原一貴
言うことを聞かなかったのかな。わかったわかった、もう泣かんでくれ、という気持ち。作者の根負けというか諦めというか、それがかぼちゃのかたちがほどける、というものになっていく。

この月日こころを何に注いだかざざつざざつと葉陰がゆれて /西之原一貴
ぶら下げしゲラの帰りを待つてゐた子がぱたぱたと駆けよつてくる




そのほかの歌では

産前に買ひしファンデは残雪のつめたさにあり 頬へ叩(はた)けり/ 山木礼子
夏はいい あかるいうちに街を出て夜に遭はずに帰つてこれる

独身の頃の自由さからはたしかに遠くなってしまった世界。もどかしさのようなものを感じる。


白鶴は雪の味せり 立ち飲みに夜がゆっくり降りてくるころ  /大平千賀
眠るまえに眠りのためにアイロンの重さが胸を平らかにする 
酢漿草(かたばみ)の実に手を伸ばすこの人が夫だわたしの影を重ねる

きれいで落ち着いた感じの歌がならぶ。肯定的、というのが読んだときの印象。

30代の作者の方々については名前も初めて知ったかたもいました。この人のほかの歌も読んでみたいなと思えるのはうれしい。
みんな若い(事実)。

答えはふいにやってきた2

ブログ
09 /06 2017

(質問する予定ないけど読んでみたっていいでしょう)

一番最近の、そうだったんだ!の話。歌には関係ありません。

10年くらいか数年くらいか前に富士フィルムが化粧品のCMをしているのを見て、フィルムが売れない時代になったから化粧品をするのかな、違う分野みたいなのに、と思いました。どこかで繋がっているんだとは思うけれど・・・って。

時は流れ、塔全国大会の旅路のおともに持っていったこの本の
「コダックは潰れたのに、どうして富士フィルムはサバイバルできたのか」の章にきちんとした答えが書かれてました。

カラーフィルムのベース上には20ミクロンほどの厚みの中に、約20の乳化剤(コラーゲン溶剤)の層が添付してある。その中の任意の化合物を目的の場所で反応させる技術が化粧品や医薬品を作るのに役立つ。

富士フィルムには、会社に産業材料部という部があって、いつも何かに応用できないか研究していた。
コダックもある程度同じようなことをしていたけれど(以下続く)・・・。

なるほど、とすっきり。
解決記念と思って薬局でその化粧品をお試しに買ってみました。

この本は、経営者等のゲストを招いてインタビューする際の村上龍の質問の作り方と、質問、ゲストの答えから主になってます。
読んでみて大手企業やチェーン店の見方がけっこう変わりました。経済というよりは、人の部分のお話です。サイゼリヤの話が面白かったです。

カンブリア宮殿「村上龍の質問術」 村上龍/日経文芸文庫 2013

答えはふいにやってきた

ブログ
09 /03 2017

「そんなことも知らなかったのか」「そう」

ブログのタイトルは大げさだけど、大体の人にとっては、そんなこと知ってたよ。って感じのことです。

昨日のブログで子規の名前が出たので今日はその繋がり。


子規が短歌の改革をしたとは聞いていたけど、政治みたいな組織もないのにどうやって改革は広まったんだろうと思ってました。

俳句や歌はそう派手なジャンルではないし、「歌よみに与ふる書」を弟子のような人達が手にとったとしても、改革というほど広まるもの?と思って。どうやって皆に知れ渡ったんだろうと。

そんななか、少しまえに『子規から相良宏まで』を読みました。

そしたらページを開いて間もなく、<子規が短歌の改革に乗り出したのは「日本」という新聞に「歌よみに与ふる書」という評論を書いたことから・・・>というふうなことが書いてありました。

私は「歌よみに与ふる書」は最初から書物だと思ってました。

新聞の連載だったんですね。そうしたら、歌詠みだけでなく新聞読みにも読まれただろうし、俳人にも本好きの人にも読まれただろうし広まりやすかったんだと思う。

素朴な疑問いちおう解決!


素朴な疑問、8ページ目にして解決。

講演集なのですらすらと読めます。「高安国世から見た近藤芳美」の章をまずは読みたくて購入したのですが、どの章も知らないことがたくさん書いてあってとても良かったです。評伝などの類は書かれてる内容が大事とは思うけど、書いた人の素の部分のようなものがたまに出たりして、そんなところも面白いです。

『子規から相良宏まで』大辻隆弘講演集 /2017年/青磁社

塔8月号 追記☆彡                ~身近なるかな諸先輩~

09 /02 2017
8月号は先人の方々の名前が入った歌がいくつかありました。
詠んでいるかたはそれぞれに思い入れがあり、身近に感じてあるんだと思います。

ではご紹介します☆彡

自転車をおきて大川ながめゐる中学生を視てゐし茂吉 /小林幸子
作者は隅田川(大川)に来ていて、そして茂吉がそこで詠んだ次の歌を思い出しています。

かたはらに自転車置ける少年が大川のみづに対(むか)ひつつ居(を)る   /斎藤茂吉 


大川に向いている少年、それを眺めている茂吉、そしてその茂吉を思い浮かべている作者。時間が同じ場所で繋がっているようでとてもいいなと思いました。




春雨の京都烏丸仏光寺老いし蕪村の住みいしあたり /山下洋
春雨という言葉から年老いた蕪村が持っていたのだろうと思われる静かさや柔らかさへとイメージが繋がっていきます。


悟りとは生きる覚悟と言ふ子規の語録読み解く辞書を引きつつ /上大迫實
語録が作られるほどに子規は格言を残しているようです。悟りとは生きる覚悟、という言葉は『病牀六尺』のなかの文章のひとつ。作者はそれを辞書を引きながら読み解いています。それは今の作者にとって必要なことだからです。


五、六冊茂吉全集を持ち出せば書架空間に夏の日溜まり /栗山繁
一冊どれくらいの厚さでしょうか。五、六冊ぶんの空間。棚には夏の陽が溜まり、夏の時間をゆっくりと茂吉を読む作者。


はるばると子規は来しかな父の村の句碑にあうなり青葉の光 /大内奈々
父の村、こんなところに子規は来たのかという驚き。青葉の光、という結句に作者の心の新鮮な輝きが見える。


ネギ坊主切り取りながら子規の歌浮かび来たりて振り向きたりぬ /岡田昭夫
ネギ坊主の歌があるのかと少し調べてみたけれどわかりませんでした。もしかしたらあるのかもしれません。なかったとして考えてみると、ネギ坊主の形態から一瞬子規が思い浮かび、そして歌が浮かんだのかも。振り向くくらいに子規が迫って来ていてすごい。


土屋文明に初めて採られし歌いまも思い出されるあの感激は /二貝芳
新聞歌壇に土屋文明から初めて採られた時のこと。自分では良し悪しも分からなくて出した歌に丸印がつくということ。本当に嬉しい。結句が少し素直すぎるかと思うけど今もその感激を思い出せるなんていいなと思います。


以上、8月号追記でした☆彡

(助っ人資料 「現代短歌5月号 子規考」「斎藤茂吉の百首」)

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!