広がっていた秋の空

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08 /31 2017


約4か月間の改修工事がもうすぐ終わる。朝、足場が解体されていくベランダから久しぶりにシート越しでない空を見た。秋の空。8月は今日でおしまい。
8月のいろいろなこと、ありがとう。

歌集は名刺代わりなり

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08 /30 2017

「やさしい鮫釣れた?」「いや、さっぱり」「歌でも撒いてみる?」「そうすっか」

松村正直さんのブログ『やさしい鮫日記』に歌集を出版することについて書いてありました(8/27)。

10年前くらいまではみんな歌集を差し上げるような感じで出していたこと。
名刺代わりという言葉もよく聞いていた、ということ。
私は初めて聞きました。
そしてこの言葉を聞いて一晩で、正確に言うと読んだ瞬間、自分の考えが変わりました。なかなかこういうことってない。

赤煉瓦歌会のメンバーの一人と、ついこの間歌集を出すか出さないかについて話したばかり。その方も歌集は出してません。
話していたことは、結局自分の気持ちをうまく歌にできたその瞬間が一番幸せな時であって、そしたら歌集っているだろうか、って。その他。

私も歌をはじめて11年くらいになるので、歌会のメンバーから歌集を出せば?とか言って頂いたり、歌集を出された方から歌集を出すことで得られるプラスの気持ちなども聞いていました。

歌集を出すことに積極的になれない気持ちのひとつに、私の歌って面白くないんじゃないか、というのもあり。
もちろん自分では自分の歌は好きで愛着はあるけど、紙を使ってまで見せる歌なんだろうか。とか。

でも、面白くなくってもいいんだ。名刺なんだし。
それが私だってことなんだもの。

今、楽しい気持ち。

塔8月号 作品2☆彡

08 /29 2017
昨日から小中学校は新学期。今日から給食が始まりました。

このブログの調子が悪くて、前記事は書き終わった後ぜんぶ消えてしまってショック。すぐ思い出しながら書きました。
それで、今日も保存が出来なくて、念のためスマートフォンで写真を撮りました。そして、やっぱり消えました。もー。

書き写します!

(作品2)
しづまるを待たむとすれば小夜ふけてあなたのなかの葉のみだれやう/小田桐夕
葉は葉脈があり生命そのもの。相手の心の、葉のように息づいている感情のどうしようもなさに気づいても見るほかない作者。みだれやうの結句に余韻がある。小田桐さんの歌は自由度があって風っぽいところがいい。

<呉橋>は橋のかたちのお菓子にて切り分けくれし叔母もう居らず /祐徳美恵子
橋のかたちのお菓子、呉橋がいい。お菓子ではあるが橋を切り分けるという場面がもう会えない今となっては寂しい。

睡蓮といふ名の食堂夕方のラッシュの道の排ガスを浴ぶ /加茂直樹
作者の住まいはカンボジアのようです。水がきれいなところに咲く睡蓮。排ガスを浴びる睡蓮という食堂はそれとは反対の情景として目立つ。

前職のメモののこれる帳面を何もなければ閉じているのみ /横田竜巳
関係のなくなったものなので当然のことだけど、開かないという意思も感じます。

藤の咲く藤だけすごい村に来て死後のやうなり紫の空 /有櫛由之
藤だけすごいという村。自分も死んでしまったかのような静けさの中にいる作者。町ではなく村というところにも怖さがある。

十年でいつが一番かはいかつた躊躇(ためら)ふことの増えた子は問ふ/岡本伸香
十歳の子ども。本心は過去のことを聞いているのではなく、今の自分を母親に愛して欲しいのだ。旧かなの「かはいかつた」、とてもいいなと思う。

咲きたくはない桜あり咲いたなら散るしかなくて桜雨ふる /田巻幸生
散るしかないから咲きたくない、と。でも咲くしかない。そのあとの雨が悲しいけれど美しいです。

二ユーロの硬貨をすずらん一束にかえて街路に五月来ている /鈴木晴香
下の句がいいと思う。すずらんを抱えている人が作者だけではなく街を行き交う。

唐突にこの世界で生きるため必要以上に神がほしくて /山岸類子
必要以上に神がほしい、とはおもしろい。絶対的な安心感。作者にとってはそれくらいじゃないと世界は生きにくいということだろう。

雨けぶり高きビルから消されゆくなおすてがたき望みをつれて /芳仲成和
景が見えてくる。高い遠い望みから消されてゆく。残ってる望みまで消えてしまいそう、どうか消えないでほしいという願い。
消えてゆく、ではなく消されゆくという言葉からは自分の力だけではどうにもならない何かがあるのかもしれないと思う。

(作品2 つづく)

塔8月号 月集 作品1☆彡

08 /27 2017

「何してた。遅いぞ」「すみません。貴方の歌集に夢中になっていて」「え、ああ、そう・・・。」

8月ももうすぐ終わりです。全国大会がもうずっと前のような気がします。
やっと8月号の歌をきちんと読み始めました。

ということで、月集と作品1から。今月はどの歌にも短く評をつけました。

(月集)
ひとに言へるこころざしにもあらざればみちばたの草を撮りて帰りぬ /真中朋久
人に言うほどでもないのか、言わないほうがいいのか、自分の心にだけ留めておくこころざし。それは自分だけが見つけた道端の草のようなもの。

死んでゐるきみはわれには生きてをり朝霧の中に長き橋うく /岩野伸子
死者を抱えて生きる。ふたりの間に架かる橋も生きている側のもの。それがあって生きていけるということ。

よその子のパパに抱かれて笑ひをる吾子をぼんやり夫婦で眺む /澤村斉美
わが子なのに違う子のように見えてしまう。夫婦ふたりの、ぼんやりがいい。

花まつり済みて再び閉ざされし寺をつつみて青葉ふくらむ /干田智子
華やぎが過ぎて本来の姿に戻る寺。その寺を包む青葉とその景色の静けさがきれい。


(作品1)
さびしさが毒へかたちを変えぬよう木蓮の花を一心に見つむ /金田光世
自分を律する冷静さ。木蓮の花の美しさに自分がどうありたいかを重ねている。

あと一日とほい未来を掴むため奥の豆腐へ手を伸べる人 /久保茂樹
上の句が面白い。日常の景もこういうふうに見ると優しさがある。

トゲトゲのわたしが春に似合ふまで流しの下にしまふハチミツ /澄田広枝
春のやわらかさに自分を合わせたい。今は結晶しているハチミツも春には陽に明るくやわらかくなる。

おいしいもの食べると気持ちが緩むのかカレー春巻きたべながら泣く/空色ぴりか
カレー春巻き。なにかミックスされた感情、よく分からない感情に思わず泣く。

母の声忘れてしまう瞬間は私の声をつぶやいてみる /ダンバー悦子
母親の声と似ていると言われたことがあるのだろう。自分では自分の声は分かりにくい。それでも呟いてみる。母親を想う気持ちから。

改札口とほまきにして待つひとの一人となりて君を待ちをり /伊東文
ふと、自分と同じように誰かを待っている人達に気づく。少しづつ入れ替わりながらのことだろう。情景がよくわかる。

まだ読んだことはないけど図書館に行くたびさわっている本がある /上澄眠
いつも触るほど気になってはいるが借りたことはない本。借りた本よりも存在感がある。

窓際のマトリョーシカの胴うすれそれでも瞠る種のごとき眸 /清田順子
可愛らしく彩色されていたマトリョーシカ。今は色あせて眸だけ。その眸に感じたものがあったのだろう。

寝ころびて落葉だまりに見上げたる青空の中若葉のゆるる /田口朝子
葉っぱまみれの歌。落葉と若葉のとりあわせ。その間に寝ころぶ。
気持ちよさそうでしてみたい。

(作品2につづく☆彡)

大会の歌会の歌について

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08 /25 2017
大会の歌と評について記事を書きましたが
ブログに引用すると既発表あつかいとなるのではとのご指摘がありましたので削除しました。

確かに、普段の歌会の歌は塔の詠草に出される方も多いので引用していません。
それと同じことでした。

ご指摘いただきありがとうございます。

塔全国大会 福島(最終回)              『塔ができるまで』

08 /22 2017

(カラスよ、カラス。きみだって黒いよね。)

大会最終日の最後の企画は『塔ができるまで』の上映でした。
 
会員のかた何名かで取材に行ってあったようです。製作者は荻原伸さん。

スターウォーズのオープニングに乗っかった画面が映し出されると会場はお~!と嬉しそう。

大森静佳さんが詠草をポストに入れるフォトから始まり、郵便受けで塔を受け取るフォトで終わる物語風に作られています。
映像の中に時々フォトが入るのもいいなと思いました。フォトの中の大森さんは夏の中なのにとても涼し気な雰囲気。

詠草が人の手から人の手を経ていくのを見ているといろんな方にお世話になっていることがよく分かります。

もくもくと校正していながらなんとなく楽し気な様子。毎月毎月、いろんな場所で校正をしてくださってるかたがた、ありがとうございます。


映像のBGMがスターウォーズからいつしかビートルズの「Blackbird」に代わっていて、歌っていた女性ボーカルが誰かは分からなかったけれど、優しい声がとても素敵でした。

Blackbirdって、クロウタドリという鳥らしいからぴったりの曲のように思いました。鳴き声が美しいらしいです。聞いてみたい。


映像の最後あたりで驚いたのは、塔を封筒に詰めることと封をすることが手作業だったことです。お年を召した女性がにこにことしながら封をされていて、この場所で長く長く封をする作業をしてこられたのだろうと思いました。心に留めて封を開けようと思います。


という感じで、『塔ができるまで』、とても面白かったです!


全国大会、あっという間でしたがとても楽しい時間でした。福島にはまたゆっくりと行ってみたいです。

ありがとうございました。

塔全国大会 福島  8月19日、20日   (その1)

08 /21 2017

行き(18日)。福岡空港を発って間もなくの夕日。どんどん後方に遠ざかる。
この日は東京駅のすぐそばのホテル泊。翌日新幹線やまびこで郡山まで行きました。


帰り(20日)。やまびこで郡山から東京まで。東京駅から羽田空港へのモノレール車窓(写真)はビルの間を通ったり海や飛行機も見えるから好きです。

無事に帰りつきました。

(A歌会のことへつづく)


毎月二十日はやってくる

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08 /15 2017


どうしてもいつか誰かが使い古したありきたりな言葉しか思いつかない
                 スガシカオ /POP MUSIC

そう。そうよ。

でも、言葉自体はありきたりだけど、一首として見たときにありきたりではなくなっている歌はあるし、意外性のある言葉を使ってもあまりぴんとこない歌もある。ぱっとどんな歌かっては思い浮かばないけど時々そう思う。

上のスガシカオの曲は、軽快でいかにもPOP MUSIC、という感じのかわいい曲で好きなのですが、スガシカオの本領が発揮されている曲は、ありふれた日常を歌った曲です。

アララギソングと私だけが呼んでます。そのうち紹介します☆彡

『ぼくの宝物絵本』 穂村弘

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08 /14 2017


表紙は酒井駒子さん。
赤ずきんちゃんならぬ赤ずきんくんです。野で摘む花の代わりに絵本を抱えてます。いろいろ考えてしまう楽しい表紙。頭巾の赤い色が目を引きます。

興味津々で手に取ったこの本。

題名にあるとおり穂村さんの好きな絵本が紹介されてます。宝物絵本、ってこんなに子どものようにはっきりした題名も珍しい気がする。

自分ではじゅうぶんに絵本を隅から隅まで楽しんで味わっていたつもりだったけど、いやいやあ・・・。

本の中で語られるのは、神様の視点、もうひとつの世界、架空ではあるけれど嘘はない世界。死を隠しているように見える最近の挿絵のこと。などなどなど。

落ちていたてぶくろにどんどん動物が入っていく「てぶくろ」の話と、てぶくろそのものが生き物として動く「てぶくろくろすけ」の世界の違いも読んでいてなるほど、と思った。ほかにもなるほどがいろいろ。

穂村さんの歌や穂村さん自身と絵本の親和性はとても高いのだと思う。

紹介されてある絵本はオールカラーで、日本のもの外国のもの。赤ちゃん絵本から大人っぽいもの。戦前のものから最近のものまでいろいろなのですが、それがもう、見ているだけで楽しい。今すぐ読んでみたくなります。

古本屋さんで昔の絵本発掘をしたくなった。


(最近ブログに穂村さんのことが続いた。予想外。)

『ぼくの宝物絵本』  穂村弘/ 2017年/河出文庫

『日付のある歌』 より

歌集
08 /12 2017
河野裕子さんの第十歌集。

河野さんのことを知らずに塔に入会して、初めて買った河野さんの歌集。
一日一首詠んでいくというスタイルで作られていて日記風ということになるのでしょうが、日記ではなくやはり歌です。

今日読み返してみて九月八日の一連がとてもいいと思った。


九月八日  

眠らざる子を眠らすと出でて来し夜の稲田の昨夜より匂ふ

赤ん坊の眠たきからだとつぷりと稲田の中に沈みて進む

小さな子一歳(ひとつ)のこの子は皆忘れわれらのこゑも忘れて眠る

この世にはあなたとの時間がまだ少し残つてゐてほしい子を押し歩む

倖せな一生なりしとまた思ふあなたと母が心残りの



詞書には、‘雨、夕方やむ。今夜も永田と櫂の夜の散歩‘ とある。


雨がやんで、まだ空気に水が残っているようなみずみずした感触がある。

三首目の初句の、小さな子、という心から自然にあふれたような言葉。

五首目は勘違いしそうにになったが、まだ、乳がんのことは分かっていない時に詠まれている。
母親と永田さんのことにいつも心を寄せている河野さんだったのだろう。


赤煉瓦歌会のメンバーにも河野さんの歌と出会ってからの後の日日がそれ以前とまったく大きく違うのだろう、と思われるかたもいる。

誰かの歌に自分が変わるくらいの強いなにかをうける。
私はそういう経験がないから、すこしうらやましい。

『日付のある歌』 河野裕子/ 二〇〇二年/ 本阿弥書店

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!