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「九大短歌第七号」

歌誌
06 /21 2018


編集後記によると新会員3名の方の作品は次号から載るとのこと。会員作品は一〇、二〇、三〇、五〇首、の連作が並んでいます。ゲスト寄稿として、宮崎大学短歌会、福岡女学院大学短歌会のかたの作品。その方々とのライン座談会が載っています。地元の大学短歌会なので親しい気持ちで読んだ。



どうせまたあなたのことは思い出すそれまでせいぜい眠れよ海で /今村亜衣莉
「どうせまた」「せいぜい」など、すこし投げやりな感じ。だけど「あなた」のことは思い出したくないというわけでもないようだ。海という常にあるもののなかに留まらせている距離感がいいと思う。

俺の時給一時間分のカシオレを排水口へ流しゆく、ゆく /長友重樹
「カシオレ」、カシスオーレというのがあるのだろう。作者の時給と同じ金額のカシオレ。お客が残したカシオレを捨てに行きやるせない気持ちになる。だけどいちいちその感情に立ち止まらずに、バイトの身はゆく、ゆく、だ。

冷蔵庫の菜の花が咲く私にも待つべき人がいたかもしれぬ /海老原愛
菜の花畑から刈られてきた一把の菜の花が、冷蔵庫につめたく咲いている。瞬間、自分には待つべき人がいたのではないかと確かめようもない思いが強くよぎる。いい歌だと思った。

四月、ぼくはあらゆる向きと不向きから逃げたくて百葉箱の陰 /松本里佳子
「不向き」からだけではなくて、「向き」からも逃げたい。確かにそういうこともありそうだ。百葉箱は外気から守るように出来ているけど、中に逃げるのではなくて「陰」としたところがとてもいいと思う。

もうずっと捲ってなかったカレンダー 明日の日付に明日と書き込む /大庭有旗 
忙しい。きちきちできていない。滑るようにして毎日をおくっていたのだろう。今日からはきちんとしようと、落ち着いた明るい気分がまじめな冗談のように「明日の日付に明日と書き込む」をさせたんだろう。

千切りのキャベツを死ぬほど食べる夜お別れを言わず居なくなる人 /真崎愛
千切りのキャベツ。どんなに食べてもカロリーはそう高くない。あれば食べる、なければわざわざ用意してまでも食べない、というような品だろう。そういう、薄さが「お別れを言わず居なくなる人」につながるのではないかな。

脳内で鳥居に翼を生やしたら見えないところへ逃げちゃったんだ /黒川鮪
「鳥居」の「鳥」に翼をつける。よくそんなことを思いつくものだ。鳥居、日がな一日じっと立って人々をくぐらせてばかり。疲れて逃げていったように思った。

雨のるるるると流れていく肌にことばは水溶性だと思う /石井大成
雨のるる、るるのリズムで読んだ。雨の粒は肌に溶けることなく流れているけど、投げかけたことばは見えない。その雨の粒に、雨の粒をとおして身体に溶けていく。

入院する君の分の朝顔を育てるいろんなことが遅い /菊竹胡乃美
「いろんなことが遅い」。いろんなことなのだろう。入院する君が抱えているもの、朝顔の育ち、朝顔を育てる作者の気持ち、などを思った。育っていく朝顔があることが大事なことのように思う。

入念に歯を磨きおり十代をあと十分で終えねばならず /久永草太(宮大短歌会)
十代を完璧なかたちで終わらせたい、という気持ちだろう。最後の仕上げが歯磨き。「入念に」に意気込みを感じる。はたから見ると最後の十分を歯磨きに捧げるまじめさがおかしい。

『柊と南天』第0号

歌誌
12 /21 2017

広げてみたらこんなふう。

『柊と南天』第0号。作者は塔短歌会の昭和48年から昭和49年生まれの方たち。同じ年だと親近感も湧いて集まると嬉しいものでしょうね。

創刊おめでとうございます。

メンバーもこれから増えていきそうな、今はまだ準備段階ということで創刊準備号の第0号にしたと書いてあります。ウォーミングアップっぽく、参加者の歌も自選十首が中心。それと題詠。
運動前の体ほぐし、温めは大事大事。0号というのはおもしろいと思いました。


誰になれば一番しあわせ雑踏のひとりになるとときどき思う /乙部真美
前を横切っていく人、すれ違う人。沢山の人の中で誰になれば一番しあわせかと思う作者。そう考えた直後、ひとりしかいない自分の存在へと思いが向かっていったのではないかと思う。人で在ることのさみしさを感じる歌。

ましろなる昏さもありて霧かかる眼下の街をひとはゆきかう /中田明子
作者の場所からは街も街を行き交う人も霧がかかっているために見えにくい。姿だけではなく、人のさまざまな想いも隠してしまう「ましろなる昏さ」がいいと思った。

月の音卵の殻に吸い込まれ卵の割れる音になるまで /池田行謙
卵に月の光が当たっているようなイメージ。光とともに音も吸い込んでいくような。卵に同化するような月、最後は卵とともに割れる静かな音を感じる。

画のなかの森の小道の明るさよ秋になりても実をつけぬ森 /加茂直樹
明るく浮かびあがる小道に焦点がゆき、森のなかに伸びている。絵のこちらでは秋になっても絵のなかの森には実がつかない。おもしろい視点と思った。

「柊」
そののちを会わざる人の多かりけむ柊野別れにウィンカーを出す /永田淳

「柊野別れ」という交差点が京都にあり、この場所は昔処刑される罪人を家族などが見送る、そこから先へは行けない終わりの場所だったそうです。ウィンカーを出した時にふとその時代の人たちの大きな別れへと思いが遡ってゆく。昔は歩き、今は車という時代の違いはあっても人の悲しみの気持ちはいつも変わらない、そういう思いが伝わってくる歌。


並んでいる歌が端正で『柊と南天』という名前ととても似合っていると思いました☆彡

「九大短歌」第六号

歌誌
10 /10 2017
日曜日の文学フリマで購入しました。ブースにいらっしゃった作者の女性ともお話しできてとても楽しかった。

どの歌も楽しく読みました。何首かご紹介☆彡

初夏のだるまさんがころんだの鬼のごとくみていたかったひかり /今村亜衣莉
心惹かれた何かをひかりになぞらえているのだろう。みていたかったということなのでひかりはもうここにはない。だるまさんがころんだの鬼のごとく、の例えがおもしろい。一心に何かを見つめていた作者の姿がうかぶ。

終点の町までバスを乗り過ごし戻れてしまふ道を歩きぬ /松本里佳子
戻れてしまふ道がとてもいいと思った。今いる場所にさして不満があるわけでもない。でも、違う場所に行きたいというあこがれのようなものもある。戻れるくらいの場所だったということに半分安心して半分さみしい心だろうか。

片栗粉でとろみをつけたような日々まるまる一個の白菜を買う /海老原愛
とろみをつけたような日々。しあわせといえばしあわせのような。白菜まるまる一個はとろみとは反対のしっかりした形あるもの。そういうものを手にしなければと、とろみのなかの自分をを確かめる作者。

生きるのって辛いよねって笑いながら白いお皿を二人で洗う /菊竹胡乃美
二人、楽しそうに見えてどこか不安気な印象をうける。白いお皿。やって来るものを何でも受け止めてしまう。日々洗い流して新しくしていくことが出来たら、という思いがあるように感じる。二人それぞれの思いにあるだろう小さな差異もさみしさとなってしまう。

学生だけではなく社会人の作者もいて、でも年齢は近くて歌会も楽しいだろう。4号に載ってた吟行と歌会の様子が楽しかったからまたそういう号もあってほしいな。

「ぼくたちは体調不良」追記         (九大短歌第五号)

歌誌
06 /17 2017

先日の記事の追記。次の歌の評が中途半端だったからこうかなと思うことを書いときます。

体調悪く生きていこうみんなそれぞれの場所で生きて腸まで届こうな/菊竹胡乃美

腸というのが何にあたるか。生きて腸まで届くと聞けば思い出すのはビフィズス菌。CMでわざわざ‘生きて‘と強調するということは、腸につくのは至難の業なのだ。腸というのはビフィズス菌が自分を全う出来る目標地点。そして、その目標地点というのは生きている全員ひとりひとり違う。‘みんな‘に呼びかけている結句の‘届こうな‘が力強くてなんともいい歌だ。

おしまい! (チチヤスヨーグルトは昔らしい優しい味でほんとおいしい。チチヤスはカゼイ菌)

九大短歌第五号               「プリンの神様」「ぼくたちは体調不良」

歌誌
06 /16 2017
九大短歌第五号で楽しみにしていたもののひとつが「プリンの神様」「ぼくたちは体調不良」という連作。作者は菊竹胡乃美さん。楽しみにしていた理由は、第五号の宣伝で知ったこの題名に惹かれたのと描かれてたイラストが非常に可愛かったから。

どちらの作品も世界を明るく見ているような感じが伝わってきて楽しい。字余りの歌が多いです。生き生きとして好きな歌がたくさんありましたが三首だけご紹介。

泣けば都子宮の中にいるような布団にくるまり目を開けて寝る /プリンの神様・菊竹胡乃美
<泣けば都>という初句が面白く、<泣けば都>を受け止める二句目以降もその比喩と動作の意外性に面白さを保つことが出来ていると思う。安心できる場所から、見ないといけない現実を見ようとしている、という感じ。

うんざりなんよ会社に家庭に友達にコッペパンに相談してみる /ぼくたちは体調不良・菊竹胡乃美
「に」の使い方が面白い。作者にとってコッペパンは日頃よく食べる信頼できる好物なんだと思う。食べる時は顔の位置まで持ってきて向き合うので相談という言葉がいい感じ。うんざりなことを反芻しながら食べているのだろう。デニッシュのように主張もしないし長い時間聞いてくれるし、コッペパンは優しいパンなのだ。今度買おう。

体調悪く生きていこうみんなそれぞれの場所で生きて腸まで届こうな /ぼくたちは体調不良・同
字余りの歌が多いと言いましたが、この一首は字余りが活きていると思った。がんばる時期の長さ、届こうとする腸までの道程の長さ、腸の語からイメージされる長さ、こういったものがこのうねうねとした字余りの歌にうまく乗っているように思う。結句の届こうな、が温かいです。好きなんだけど、少し意味が分かりません。もうちょっと考えてみたいと思います。

以上、とても楽しい連作でした。おしまい!

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!