「角川短歌」10月号

短歌誌
10 /07 2017

子規さん生誕150年おめでとう。 日蓮上人より。

今日は熊本に行きました。市電が走っているというだけで、のんびりとした街感。車内には‘市電運転手募集‘と書かれた広告。人気があるのかどうなのかなあ、と思って眺めてました。あと一つ眺めたのは水前寺公園の池。またあと一つちらっと眺めたのが熊本歌会のたしかこれが会場じゃないのかなと思ったビル。中心街のアーケードの商店街では銀座まつりなるものがあっていて、ひと時くつろいで帰ってきました。

移動の行き来で読んだのが「角川短歌」10月号の正岡子規の特集のなかの、大辻隆弘さんのページ。博多ー熊本間は新幹線で40分くらいのあっという間。そのページくらいしか読めませんでした。(眠ったり)

`調(しらべ)から韻律へ‘という題名でとても分かりやすくて面白かったです。

子規が新聞に連載していた「歌よみに与ふる書」はやっぱりとても注目されてたんだなと思いました。反論や疑問に答えていたみたいだし、リアルタイムで読んでいた人たちは面白かったでしょう。「人々に答ふ」というのがあったようだから、いろんな反論疑問が来てたのでしょう。

今回の記事では、なぜ子規が「意味」と「韻律」を区別したのかの箇所が注目点。読んでなるほど、です。
講演集『子規から相良宏まで』の子規の章にプラスしとこうと思いました。

時代や人を取り巻く状況が変化すると、歌の詠み方に変化が出てくる、変化させないと詠みづらい、それはそうかもしれない。
ヒトの想いってなんだろう。
秋深し。


(写真は末っ子が誘われて行ったお寺の林間学校で頂いたTシャツ)

短歌往来 8月号

短歌誌
09 /10 2017
昨日は運動会でした。昼の太陽が夏みたいにじりじり暑かった。
でも朝夕は虫の音も聞こえて涼しいです。

とっくに9月なのですが、
短歌往来8月号の特集<30代歌人の現在>です。ひとり12首づつ。

塔からは花山周子さん、澤村斉美さん、西之原一貴さんが登場です!
三人とも子どもの歌が並んでます。子どもを歌うといっても自分を歌うということになるので、歌は不思議。



ダムのごとくに涙をためて歩みゆく一歩一歩の震動が来る /花山周子
最初はお子さんの行動かと思ったけど、作者自身のことかと今は思う。ままならないこともある子どもとの日日にふと込み上げてくるものがあったんじゃないか。次の一歩でたまってた涙がぽろっと零れるのが見える。そこまでは詠まれていないところがいいと思う。

わが耳に子のなぞなぞの続くなりなーんだという語尾だけ聞こゆ /花山周子
プラパンに子が描きたるドラえもんトースターの中で燃え上がりたり 





息子も夫もあつちへ行けと思ふ夜のあつちは雨に沈んだ町で / 澤村斉美
あつちへ行けの言いかたがかわいいけれど、でもその時の本心。でも、また、雨に沈んだ町になんかに放りたくないのも本心。あっちだけに雨が降っているはずもなく雨に囲まれたところに三人留まるしかない。

咳を病むきみを憎んですまなかつた長いカーブに電車は入る /澤村斉美
さびしかつたさびしかつたね夫が子を抱きとめる声草のごとしも





もう泣くなわかつたからと味噌汁のかぼちやのかたち汁にほどける /西之原一貴
言うことを聞かなかったのかな。わかったわかった、もう泣かんでくれ、という気持ち。作者の根負けというか諦めというか、それがかぼちゃのかたちがほどける、というものになっていく。

この月日こころを何に注いだかざざつざざつと葉陰がゆれて /西之原一貴
ぶら下げしゲラの帰りを待つてゐた子がぱたぱたと駆けよつてくる




そのほかの歌では

産前に買ひしファンデは残雪のつめたさにあり 頬へ叩(はた)けり/ 山木礼子
夏はいい あかるいうちに街を出て夜に遭はずに帰つてこれる

独身の頃の自由さからはたしかに遠くなってしまった世界。もどかしさのようなものを感じる。


白鶴は雪の味せり 立ち飲みに夜がゆっくり降りてくるころ  /大平千賀
眠るまえに眠りのためにアイロンの重さが胸を平らかにする 
酢漿草(かたばみ)の実に手を伸ばすこの人が夫だわたしの影を重ねる

きれいで落ち着いた感じの歌がならぶ。肯定的、というのが読んだときの印象。

30代の作者の方々については名前も初めて知ったかたもいました。この人のほかの歌も読んでみたいなと思えるのはうれしい。
みんな若い(事実)。

現代短歌7月号 続き

短歌誌
07 /09 2017
7月号は特集温泉礼賛ということで、温泉にまつわるエッセイや連作が載ってます。訪れた温泉を回想する歌や今現在の温泉を歌ったり、最近訪れた温泉を歌ったりいろいろ。

栗木京子さんの連作「ハトヤの隣」七首は回想の歌。

題名がとても面白い!
エッセイを読むと泊ったのは共同通信社の保養寮とあります。それがハトヤホテルの隣というわけです。

隣り合ふハトヤホテルに消防車装備されをりはしやぎて見にき /栗木京子

ハトヤホテルがとてもいきいきしている歌だと思います。消防車を見る様子もすごく楽しそう。

次の歌は回想ですが、まるで今、見ているようです。

急行の窓より伊東の海見つつ兄と冷凍みかん食べたり
佐田啓二事故死の報の載る新聞父は読みをり朝風呂ののち


兄と父とともに歌われている物が個性的で、なので歌がくきやかになっているのだなあと思いました。そして、なんでもない一場面というところが好きです。

自分の記憶とか思い出もじつに何でもない一場面のことが多いなあと思います。

以上栗木さんの「ハトヤの隣」の感想でした。


7月号では次の歌もいいと思いました。

壊れたる耳にきこゆる自分のこゑたよりなきまま茂吉を語る /橋本喜典

「一本の道」という連作の最後の一首です。この歌の一首まえには
齋藤茂吉の名を冠したる賞を受く一本の道われにありにき
があります。
なので受賞講演をしているのだと思いますが、一本の道われにありにきという自信に満ちているような歌の次に、自分のこゑたよりなきまま茂吉を語る、がきて、作者の微妙な心の揺れを感じました。いい歌だなあと思う。

おしまい。

「現代短歌7月号」から

短歌誌
07 /08 2017

うちの近所の酒屋さんに‘史上最強のクエン酸飲料‘アプリモアという飲み物が売ってあります。このところ暑くて疲れ気味なので買って、炭酸で割って飲んでます。なかなか美味しい。

現代短歌7月号、「眠りについて」の松村正直さんの連作。子の眠り、作者の眠り、家族の眠りを詠んだものです。

子はねむる夜ごと伸びゆく身長を持てあますごと背中まるめて /松村正直 
背中まるめて、に持てあまし感がとてもでていると思う。夜ごとみりみりみり、と伸びていく感じ。子はねむる、の初句切れのリズムがいいと思います。

うつぶせに眠るのが楽 耳も手も閉じてあかるい夢も見ないで
作者の寝かただろう。一切のものを閉じて眠る。三句目からのリズムがよくて、高く明るい音程が続いていきます。明るい音程なのに、あかるい夢も見ないでとあるのが、さみしい感じがする。

心地よく車輪の音は遠ざかり運ばれてゆく眠りのなかを
電車の音が遠のくとともに再び眠りの入り口をゆらゆら。その感覚が運ばれていくという表現とぴったり。布団にいるのにいつの間にか寝台車に運ばれているようでおもしろい。

この一首、私が参加してる赤煉瓦歌会で今年二首選をした時に選んだ歌を思い出した。確かめたら次のような歌でした。
あけがたの夢よりさめし耳にきく電車の音は鉄橋わたる /岩野伸子
聴覚から次第に眠りから覚めていく。夢が終わって電車の響かせる音に日常が立ち上がってくる感じ。松村さんの歌は眠りの続き、岩野さんは覚めていく歌です。

再び松村さんの歌。
それぞれの眠りの幅を違えつつ三人はねむるひとつの家に
家々により、その時の状況によりそれぞれ違う眠りの幅。三人の三の文字が、そのまま帯グラフのよう。

そうそう!と思う歌がほかにもあり楽しかったです。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!