FC2ブログ

塔10月号 若葉集☆彡

11 /13 2018
若葉集☆彡

コンビニの「水が品切れしています」と知らせを貼っている人がいる /松岡明香
非常事態。水が品切れ、と貼り紙をしている人もこのコンビニに水を求めて入った人だろう。次の店に行く前に、あとから来る人の為に貼り紙をする人。作者はその光景が心に留まった。

号外は雨に濡れをり手の中の文字は神殿のごとく崩れゆく /いわこし
号外の文字が雨に滲んでゆく。「神殿のごとく崩れゆく」がとてもおもしろいです。文字の形の崩れもあるだろう。また、書かれてある内容が神殿に繋がるようなこと、例えば、崩れるとは想像しにくかったこと、だったのかも。「手の中の」も見つめている感じがあっていいと思う。

夜の雨ひとつぶ受くるごと空へ伸びゆくみどりあり歩きたし /大堀茜
結句の「あり」「歩きたし」のリズム。作者の「歩きたし」の気持ちを押してくるようです。夜の雨のなかのみどりが力を秘めていながら静か。

二階まで柿の枝伸ぶ小さき実のソフトキャンディーのごとく生りおり /高田圭
食べ物を食べ物に例えるのはあまり見たことがない。むつかしいんじゃないかなと思うけれど、この歌はなんだかかわいい。明るい色をした小さな柿がたくさん生っている。揺らして落としたくなります。

向かい合い茹ですぎたパスタすすってる日曜の昼はゾウより長い /永野千尋
「ゾウより長い」ってゾウの鼻より、ということだろうけれどそう違和感はなく、日曜日のなんとなく重たい感じが伝わってきます。

俯向いてお針する妣手の止まり 神は仏はいないと言いたり /船津祥子
亡くなった母親を思い出しての歌。ちくちく縫い物をしながら何を思ってのこの言葉だったのだろう。手が止まる、ということに何か諦めたような悲しさがある。

塔10月号 作品2☆彡つづき

11 /12 2018
昨日よりずいぶん寒い今日です。朝から雨が降ったり止んだりしていましたが、やっと今、晴れてきました。でももうすぐ沈みます。


コーナンにダンボール見に妻と行く老犬入る寸法調べ /作田善宏
飼い犬に死が近いのだろう。コーナンは安く日用雑貨を売る店のイメージがある。飼い犬への気持ちと店の商品の安さとの釣り合わなさ、というものがあると思う。事柄だけが並んでいるけれど切なさが伝わってきます。

次の日の新聞に載ることのない白い風船舞い上がる音 /うにがわえりも
野球観戦の連作のなかの一首。新聞は勝敗、試合運びは伝えるけれど、この白い風船の景色や音を伝えることはない。新聞の向こう側に広がる景色が見えました。

逆光にはっきり見えぬあの人の闇に触るごと歩く癖見る /金原千栄子
<闇に触るごと歩く癖>、どういう歩き方なのだろう。作者はあの人と闇とのぼんやりとした繋がりを思っていて、それが逆光によってはっきり分かった、ということだろうか。闇に触れているわけではないところが、また考えさせられる。

風鈴を呼び鈴代わりに吊る老人風の吹くたび家から出てくる /北野中子
誰か来た、と思ったら誰もいない。風がある日は何度も出てくる老人が、さみしいです。

ご無沙汰です父に詫びつつ線香と煙草たっぷりくゆらせる午後 /森富子
父が好きだった煙草を線香と一緒に立てているのだろうと思う。ご無沙汰ですの言葉と、煙草の煙漂う部屋。作者の想いがその部屋に静か。

帆船のごとく背中を膨らませ夏服の子ら湖へと下る /丸本ふみ
<帆船のごとく>が明るく、力強い。またかわいらしくもある。夏服の薄い生地ならではだろう。風が吹くなかの光景。湖面の輝き。

見慣れきた額縁にある文字の意の本意が判る午睡の後に /塩見香保里
午睡って夜の本睡眠と違い、なにか覚束なさがある。その覚束なさやふわふわしたものから逆に「本意」が分かったというところが面白い。

寝たふりをしてしまいたきさびしさよ表札のなき賃借りの部屋 /福西直美
「寝たふりをしてしまいたいさびしさ」。「寝たふり」ってあっちに行くからからもういいよ、というような、でも呼んでくれるなら行くよ、というような、そんな感じかな。そういう場所にいる作者。とても微妙なさみしさが表れているなあと思いました。

ゆふなみに洗はれてゆく砂の上に立ちて一羽の鳶を探す /近藤真啓
<ゆふなみに洗はれてゆく砂>が美しいです。ゆったりとした景色のなか、作者が探す鳶の一点が見えてきそうです。

塔10月号 作品2☆彡

11 /11 2018

晴れています。パンクした自転車を自転車店に預けて帰ってきたところ、郵便受けに塔11月号が届いていました。ありがとうございます。


雨声とふ言葉を歌に知りたるを月命日の遺影に告げぬ /川田果弧
短歌をしていなければ知らなかった「雨声」という優しい言葉。作者は普段から遺影に日頃のことを語りかけているのだろう。遺影の人は「雨声」を知っていただろうか。亡き人との語り合いが優しい。

途切れてた日記を書いた 消え入りそうだった時間を少し救った /丘村奈央子
日記が途切れるのはどういう時だろうか。気になりながらも書かずに次の日になる。書かなければそのままになってしまいそうなところを、ある日作者は書いてみた。歌からほっとしたものが伝わる。<救った>は自分を救ったというようにも感じます。

すずめはとからすの順がからすはとすずめとなりたる所変はれば /岩上夏樹
観察が面白い歌。それだけではなくて、作者はこの光景を見てなにか元気が出たのでは。作者が考えていた事とこの光景が繋がってなにかひらめく。そういう元気が。

<たいら・しげる>の私が死ねば墓石に<平成之墓>と刻まれるのだよ、きみ
/河村壽仁

<平成之墓>という言葉にびっくり。もうすぐ終わる平成の様々なイメージが浮かんできます。大きな震災があり、明るさのなかにある闇がいろいろなものに形を変えて出てきた事件もありました。明るいこと明るくないこと、いろいろ含んだ<平成之墓>。

暗き絵を見にゆく弾みの湧きて来ずレースのカーテン洗ひてすごす /友成佳世子
絵を見に行くにも弾みは確かに要りそうです。なんとなく元気のない作者。自分の気持ちに沿って家でカーテンを洗う。洗ったあとのレースのカーテンの明るさを思いました。

唐突にダンボールが落ち そう言えば昨夜地震があったと気づく /真間梅子
視点が面白いです。地震の怖さや慌てた感じが去ったあくる日の出来事。地震があってから一日経って物が落ちるずれ、作者の、地震によるものだ、と気がつくまでのずれに現実味があります。

このままで涼んでゐたいと呟けばそつと笑へりコンビニ店員 /大谷睦雄
個人商店主なら、どうぞ涼んでいってください、と言うかもしれないけれどコンビニではそうはいかない。店員は〈そつと笑ヘリ〉くらいしか権限がなさそうです。口には出していないけれど〈どうぞ涼んでいってください〉を含んでいるのでは。歌から優しい感じが伝わります。

にぎやかに灯のなき電球連ねをり烏賊釣漁船は昼の港に /髙野岬
くっきりとした情景が浮かびます。烏賊釣り漁船の昼間の姿、港の潮の感じが静かな情景です。

塔10月号 作品1☆彡

11 /08 2018
11月なのに暖かい。雨が降ってきました。

遠浅の海に拾いし平家蟹かなしき顔のみ子らと見て捨つ /橋本恵美
平家蟹というのは源氏に負けた平家の無念、悲しみの表情が甲羅に現れていると言われている蟹です。子どもとの海の思い出。楽しいというのではなく広い海で悲しみと出会う。静かに詠われています。

虹ほたるガラス細工の馬の脚きれいと思ふもの数へゆく /白石瑞紀
意識してきれいなものを数えていく背景には、きれいではない、反対のものも作者の巡りにあるのかもしれない。「ガラス細工の馬の脚」が個性的で印象に残る。

CT撮り内視鏡してエコーする我が身をこんなに護っていいの /髙畑かづ子
高度な検査をして病から護る、それはもしかしたら不自然なことではないのではないか、と作者は感じる。それもあるし、自分なんかをここまで護っていいのか、という自分というものの価値に思いを馳せているのではないか。

家の鍵忘れて座るスーパーのベンチ意外に低く作らる /永田聖子
鍵を持った家族が来るまで待っている場面だろう。存在は知っていたけれど座ったことはなかったスーパーのベンチ。座って見えた景色が新鮮。

時間だつて皆でつぶせば怖くない老人ホームで風船をつく /河原篤子
時間を持てあます不安というものが歌から伝わる。皆でつぶせば怖くない、として風船をついているが作者はまだどこか不安な気持ちがあるのではないだろうか。

気がつけば手の写真なく六歳の白き右手を大きく写す /高橋武司
「手の写真がない」と、どういうことで気がついたのだろう。バイバイ、をされた時などだろうか。「右手を大きく写す」普通の言葉だけれどとてもいいなと思いました。

コロンビアに勝ったことなど共通の話題のように話しかけたり /中山悦子
作者は話題を探し、相手は話題をふられれば話す、というくらいの距離ではないかな。コロンビアに勝ったことは特に重要ではない。作者の微妙な心の動きがあると思います。

それだけで完成されてる竹輪さえ磯部揚げへと高めるこころ /相原かろ
竹輪という完成形。なのになぜ?という気持ちもありそうだ。さらに上を目指す人間のこころに作者の敬意もある。「高めるこころ」がいいと思います。そして、極めた完成品が、「ちくわ」「磯部揚げ」という高級品ではないところが面白い。

「風」というTシャツを着た老人とすれ違いたり振り向きがたく /相原かろ
振り向きがたい、振り向いてはいけない。この老人の存在を強く感じた作者。老人を風そのものに感じたのか。すれ違っただけの作者と老人とがくっきりしている。

塔10月号 月集☆彡

11 /06 2018
いい天気が続いています。
昨日、家の用事で山口に行きました。博多駅のホームで新幹線を並んで待っていると、隣の列に県知事さんとそのお仕事仲間の方々とおぼしきグループがいらっしゃいました。並ばれてある車両が普通車自由席で意外でした。小倉で降りられるのかな(15分で着く)、・・など思いましたが、真相はわかりません。平日なので行きも帰りもすいていて、私も自由席でしたが三つ席に一人で座れてゆったりでした。


噴水の止みたるのちにもう水の出でざる孔(あな)に闇たまりゆく /栗木京子
枯れた噴水ではなくて、一日の噴水時間が終った噴水だろうと思う。昼間は人を憩わせる噴水の、夜の姿。水の出ない穴にもまだ水はありそこにたまる闇は闇なのに光も含んでいるように見える。夜の姿のほうが本当の姿にも思えてきます。

捨てる本捨てる本捨てる本大切のノートもこれを機に捨てる /真中朋久
「大切のノート」、どんなノートだろう。「大切な」ではなくて「大切の」という表現もおもしろい。自分が書いたノートか、人が何か書いていたノートか。自分が書いているのなら自分の一部のような気も。「これを機に捨てる」というのは、こうした「機」がないとこのノートをずっととっておく可能性もあるということだろう。「大切のノート」を手放す、本当の断捨離はこうなんだなと思いました。

亡き人を偲ぶがごとく語り合う幼きころの息子のことを /松村正直
ああだったね、こうだったね、と幼かった頃の息子のことをその姿とともに思い出し語る。幼かった頃の息子はもうおらず、その遠さは亡き人の遠さと同じ。今の息子はそういう優しい気持ちを思い出させてくれる存在でもある。

年取つてしまつた事を知らぬ猫小さくなりて息子の顔みる /岩野伸子
<年取つてしまつた事を知らぬ猫>。読んで、ああそうか、猫や動物は自分が年をとったなんて知らないのだと思い、はっとしました。老いて小さくなった猫と息子の来し方、作者の猫への眼差しが伝わってきます。

身のちから気の力なく洗ひたる湯呑み置きたるつもりの落下 /鮫島浩子
結句まで切れることない流れるような詠み方が歌の内容と相まっていていいと思いました。力のなさ、だるさ、湯呑み一つを洗うことも簡単ではなかった。

バスはもう眠るんだつてと子に言へば「おやすみ」と置くバスあふむけに /澤村斉美
小さな子は、周りの世界のものは自分と同じように生きていると思っているのかな・・・。親は寝させるために言っているけれど、言いながらちょっとさみしさもあるだろう。子どもだけが見える世界をまだ持っている子ども、いつかなくなる世界と親は知っている。仰向けのバスがじんわりときます。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!