塔1月号 作品2(池本一郎選)☆彡

02 /19 2018
遅れて読んでます。まだ1月号。

たまに、あっちの道へ行っていたらここにいる自分とは違う自分がいて違う人生を歩いてて‥というようなことを聞くことがあるけど、それとはちょっと違って、本当にどこかにもう一人自分がいて何か違うことしたりしているような気になることないですか。なんかどこかにもう一人か二人くらい私がいるような気がたまにする。


作品2

「夕焼小焼」午後五時に鳴る向かう岸五時半に鳴るわれの住むまち /川田果弧
歌が鳴る三十分のずれ。それだけなのにくっきりと違う町の息吹が感じられる。われの住むまち、と丁寧に言ったところがいいと思う。

ぜんまいが解けたように蝉が鳴く隣の津田さん引っ越ししあと /冨田織江
弾けたように鳴きはじめる蝉。津田さんの不在の空間を埋め尽くしているようです。

旧仮名で電話のメモを取っている平成末期のヒラ社員われ /大橋春人
わざわざ旧かなでメモを取る。ヒラ社員とはいえ旧かなでメモすることだって出来るという思い。ヒラ社員と自嘲気味に言うけど平成末期の、と年号を言っていてしっかりとした自分像を留めておきたいのだと思う。

先輩の嘘を褒めおりもう誰の缶かわからないけどビール/北虎叡人
こういう状況では皆そうさ、みたいに嘘を褒めている自分を否定し難くもあると思う。下句に投げやりな雰囲気とその過ごしている時間がよく表れてます。

蟷螂の鎌あげたままひと通る蟻も這い来る死んでゐるらし /古閑すま子
動かないなと思っていたら死んでいた蟷螂。威嚇したままの形がかえって悲しい。

遠目にも見頃をすぎし曼殊沙華スピードあげて土手の道過ぐ /佐光春信
咲いていた時はさぞかし真っ赤な帯を見ながら土手を過ぎて行っていたのでしょう。色彩の抜けゆくものと車のスピードとが上手く呼応していると思います。

十月の遠花火はぜぬばたまの闇と闇とをつなぐ虫の音 /田巻幸生
「闇と闇とをつなぐ」がとてもいいと思う。静かなしんみりとした秋の夜、虫が鳴くことでいっそう静けさに包まれる。

母の中に沈みし母よ浮上せよ 唱歌のメドレー耳元で歌う /中村英俊
上句の表現に驚いた。奥に沈んでしまった母へと歌う唱歌。母が好きな歌だろう。「耳元」、その穴から奥へ奥へ、いるはずの母へと落ちてゆく唱歌。

月の面のような夜なりまっしろな梨をわが剥きあなたが食みて/中田明子
静かな夜。そしてまっ白な梨は月に似る。夜の暗さと梨の白さ。作者とあなただけが宇宙にここに存在しているみたいです。

経験はいつか役に立つという 福祉の仕事を中断したり /奥山ひろ美
経験はいつか役立つ。その言葉になんとか納得して仕事を辞める。福祉の仕事が好きなのだろう。「中断」という言葉に続けれるならという気持ちが表れている。

『風のおとうと』を読む会

02 /06 2018


2月3日土曜日、『風のおとうと』を読む会に参加してきました。


塔に10年いながら批評会や読む会に一度も参加したことがないなあ、と最近ことに思っていたところのお知らせにお!とは思ったものの

行きたい→遠い→家の都合がつかない→見送り

で最初は諦めていたのですが、残り席あと四人程という頃に行けそうになったので申し込みました。

レポートというものがどういうふうなものか、読む会での発言のやり取りもどんなふうなものかもよく分からないので一応自分だけ用のレポートをまとめて行くことにしました。

会の休憩時間にふと、せっかくまとめたから後でコピーして配ろうかとか一瞬思ったけど・・・、



・・・・・・配らないで、ほんっとに良かった!!あぶないあぶない!!

なぜかというと、レポーター以外のかたの発言もとっても素晴らしかったから。(レポーターは言わずもがな)

ちょっと自分のまとめが恥ずかしくなりました。でも、今後どう書けばいいかも(頭では)少し分かったので良かったです。

例えば歌集についていろいろ言いたいことはあっても、その中の自分のイチ押しテーマをまとめるということも大事だと分かった。

私はあれやこれや引きたい歌を書きすぎてました。


ということで、前置き終わり。


『風のおとうと』を読む会は松村さんが学生時代までいた玉川学園という場所でありました。皆が集まるには行きやすい場所ではないかもしれないけど自分がしたいとこでするというのはいいと思う。

読む会の部屋に入ったら、関西からの方も多くてよくはるばる来られてるなあと思いました。他結社のかたやカルチャーのかたもいらっしゃった。

四人のレポーターのかたがそれぞれ違う視点から歌を紹介していて、自分では気づいていない視点の発見もたくさんありました。

レポーターのかたからの発言としては
『駅へ』から『風のおとうと』までのノスタルジーの変化、やすらぎ、食べ物についての歌から見えるもの、日常、俯瞰、人を見ている、存在の意義、文法について、などなど。それをふまえて参加者がまた発言する、というふうで面白かった。

とくに「俯瞰」というのは会に参加した人の多くが感じていることだったようだ。
そしていろいろな要素がある歌集だとも。
初めて松村さんの歌集を読む人には『風のおとうと』を勧めたい、というレポーターの方もいました。

いろんな方の発言を聞くことが出来てとても楽しかったです。みなさま、ありがとうございました。


翌日、塔のお二人の横浜中華街散策に宿泊先が近かったことからご一緒させてもらいました。
ネットプリント「ととと」を発行されてるお二人で、前回の「ととと」の連句をどうやって作っていたのか気になっていたことも聞けて、
さらに批評会と読む会の違いまで聞くことができて、翌日がこんなに楽しくなるとは思っていなかった。

何回も批評会や読む会に参加したり開催したりしているお二人からも、『風のおとうと』を読む会は参加者もいろいろ発言できてとても良い会だったよ、ということを聞けたのでした。



(オプショナルツアーに続く☆彡)

途中に差し込む追記かな(12月号)☆彡

01 /31 2018
塔1月号の途中も途中だけど、12月号の追記をひとつ。

12月号の作品1にあったこの歌。


悦子という名を持つ塔の六人に笑顔の違う故郷がある /ダンバー悦子


え~!六人も?よくご存じ・・・。というのが最初の感想。

名前が同じだとなんとなく気になる。この歌では、名は同じだけど六人それぞれに「笑顔の違う」故郷としたところが工夫されている。笑顔の違う、ということでそれぞれの故郷に対する想いの違いなどが浮かんでくる。

ということで残りの悦子さんの歌を12月号と1月号のなかから。


大き声に客を呼びをり粽売る子の下の歯の一本欠ける 
/東郷悦子(作品1・1月号)


机の上に郵便物はたまりゆくひとつ狂へば乱れは早い 
/筑井悦子(作品1・12月号)
町中に階段多し邪気あらず手摺を塞ぐ人の背見てゐつ /同


ずかずかと入り込みたるお日様に勘弁してねと暗がりへゆく 
/中山悦子(作品1・1月号)


なにげなく見上げる空は十五夜だ 銭湯帰りに母と見た月 
/関本悦子(作品2・1月号)


ベートーベンと呼ばれいるホームレス公園の水に身を洗いおり 
/倉成悦子(若葉集・1月号)


以上、悦子さんの歌でした☆彡

塔1月号 作品2(永田和宏選)☆彡

01 /31 2018
はやいはやい。1月は今日で終わり。寒い冬らしい1月でした。2月は私と長男、末っ子の誕生月。0、1、2だけで三人ぶんの誕生日があらわせる。(ふーん・・・)。

それはそうと、登山でいう山の何合目の「合目」のこと。たまたまテーブルにあった長女(山岳部)の「登山用語」プリントを見ていたら、「合目」とは「登山する場合の困難の度合いを目安としておよそ10等分したもの」って書いてあった。等分、というから高さ(地図上でのcmとか)がだいたい等分なのかと思っていたけど、困難の度合いを目安ということで、へー、と思った次第。困難の度合いの目安って難しくないかな・・・。


作品2☆彡
沈みゆく日にゆつくりと打ちのめされ倒れることもできないでゐる /山尾春美
夕日にゆっくり照らしだされて浮かびあがる感情があるのだろう。ひとつひとつに打ちのめされる。倒れたほうが楽だけどそれが出来ない。

カッコイイアクションでガラケー開けて絶滅危惧機種楽しんでいる /太田愛葉
ガラケーを開ける時のカッコイイアクション・・。どんなふうにしてるんでしょう。小さいことだけどおもしろい。少数派になると尚更楽しくなることもある。わたしも形はガラケーのほうがすっきりしていてすき。(戻そうか・・)

馬を追う夢にめざめて耳すます迷いしことが胸押し上げる /中本久美子
夢を見る、耳をすます、想いの到来、の流れがきれい。馬を追う夢というのが、追いつけないものを追っているようでさみしい。

あの鳴き声はくつわ虫だねと夫は言う 母を亡くしたわたしに向かい /沼波明美
やさしい歌。自然なひと言が優しく、その言葉の優しさを受けとめる作者。これ以上の言葉のやりとりはもう要らない二人の心のありようと思う。

手のひらの豆腐に切り入る包丁の静か 今夜はきっと雪 /加瀬はる
手のひらの豆腐にそっとそっと降り積もる雪のイメージ。「きっと雪」の字足らずに今からはじまる静かな雪の降る夜を思う。

駅ホーム中華料理を豪快に食する広告明日は週末 /中村真一郎
明日は中華だ!という気分になっている作者かな。広告は見ている人と気持ちの一致する瞬間があるんだなあとこの歌ではっきり分かった。

フリースの上着を着せられお地蔵は辻に立ちゐる 雪虫の飛ぶ /水越和恵
お地蔵さんに帽子をかぶせたり、マフラーをしたり、というのは昔からあるけど、「フリース」というとある企業名も浮かんできたりして今の時代という気がする。フリースのふわふわ感と雪虫の飛ぶ様子がやわらかい。

眠られぬ人のここにも在ることを柔らかき月溶かしゆきたり /森雪子
作者以外にも眠れない人がいる。スマホの向こう側の人かも。「月溶かしゆきたり」がいいなあと思った。少しずつ夜明けに向かって薄まる月のようにも感じるし、他者の存在が暖かく、月を溶かすという感じもする。

亡き父に会ったと言いし母の背に夢のことかと念押しきわれは /神山俱夫
年を老いていく母親が正気なのかと、一瞬どきりとした作者の緊張が伝わる。「念押しき」にあらわれる気持ち。こういう瞬間はいつ誰に訪れるのか分からない。はっとした。

台風の余波なる風の吹く日なりゴロゴロと貨車がなにかを搬ぶ /越智ひとみ
普通の情景なのにとても味わいがあるなあと思う。余波の風のなかでゴロゴロといく貨車。ゴロゴロの音もいいし「なにかを搬ぶ」のはっきりしてなさがいいなと思った。

塔1月号 作品1(真中選)☆彡

01 /28 2018
毎月の塔の歌を読んでいると、あれ?先月も載ってなかったっけ?という歌がある。今月の作品1には三首あって(私が気がついたぶんのみ)確かめてみると、ここを変えたのかとか、語順をかえてるということが分かっておもしろい。そのうちの一首は詠みこむ語を少なくしてあってとてもすっきりとなっていた。もともといいなとチェックしていた歌だけどもっと良くなってるっていうのは、おー。と思う。


作品1

何故なのかどうしてなのかと聞きただすやうな初雪のありさまであり /國森久美子
乳房、放射線科、などの言葉がほかの歌に詠われている。過去の初雪とはまったく違う思いで雪を見ている。幾度も幾度も問いただすように降りやまない雪。「ありさま」に交錯する気持ちがみえてくる。

雇ふと雇はれるとの切り替へやや難ししばらく右の眉の下がらず /千名民時
立場が違えば口調、態度も変わる。片方の眉が下がらないということに雇われる立場にいることへの、半分抗う気持ちなどが表れていると思う。

白桃の大きなパフェを食べ損ね数年が過ぐ坂の途中の /西村玲美
時間が経てば経つほど白桃がむくむく大きくなっていくよう。坂の途中の数年が、というのも、ほかに生きる場所があるような不思議な言いかただ。

陽の射してふいに三匹鮎釣れるこんなことが昔あったな /加藤武朗
この事実どおりのこともあったとも詠むめるし、それくらい嬉しい「こんなこと」が過去にもあったな、と言っているようにも思う。作者の心に陽が差しているような感じがいいな。

こんなにも頭一周するものか二十数年ぶり逆上がり /相原かろ
頭一周というのが愉快。頭がぐるーんと円を描く様がとてもよくわかる。大人は大きいから「こんなにも」ってなるなあ。

わたくしはここで生まれたことがない 滲んだ点としてここにいる /上澄眠
よそ者としてかりそめにいるような「滲んだ点」。滲むというと周りも巻き込んでいくようで広がりもある。けれど、所詮ははっきりしていない「滲み」と自分のことを思っているのか。上句も独特。例えばその場所で、新しい感情が生まれたりしたら「生まれたこと」になるのだろうか。いろいろと考えてみたくなる歌。

和室なき家に住みいる男(お)の子きて畳に毛布しきでんぐり返す /樺澤ミワ
かわいい。普段フローリングなら、畳に頭をつけてのでんぐり返しに抵抗があるのかも。男の子にとって床は歩くもので、座るものではないのかもしれない。毛布は必須アイテムになる。

昼と夜等分なる日 わたくしはバランスなくし石につまづく /田中律子
秋分の日。だからといってバランスを崩すのは変だけど、この歌を読むとあわわわ・・・というあやうさがくるような・・。星の上にいる自分を意識してしまう。

学校の時計は全て狂いおりそんな気がして家へと急ぐ /杜野泉
学校のたくさんの時計が目に浮かぶ。柱時計なんかも混ざって。時間に追われてる焦りと、家のことを思う焦り。本当の時間が分からないということが実際あればとても不安になるだろうな・・。

コーヒーの豆を挽きつつうつむいて何か正しきことを言ひたり /佐藤陽介
「何か正しきこと」。「何か」とついただけで「正しきこと」がなんとも不思議な感じになる。何ついてのことか。正しいことははっきりしているのに何を言ったのかよく覚えていない。上句の「うつむいて」と「正しきこと」の繋がりもなにか、もう少し考えたい歌。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!