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塔2月号 双子歌☆彡

03 /29 2019
2月号という響きがはるか昔に感じられます。桜が満開です。

2月号の歌には曲名、とくに童謡を詠んだものが多かったです。一番多かった曲名は「ふるさと」。あと一首づつの歌として「夕焼け小焼け」や「みかんの花が」「夏は来ぬ」etc.最近(?)の曲では「君をのせて」「ばらの花」。


「ふるさと」の中から三首紹介します。

教師としてあまた歌いし『ふるさと』も子としては初 母の耳元に /中村英俊
教師として歌っていた時とは全く違う気持ち。作者の母は記憶などがおぼろになっていて目をつむって寝ている時間が多い状況なのだろう。母が作者に昔歌っていた『ふるさと』を今は作者が母に歌っている。

ささくれの心のままに「ふるさと」を唄ふよ誰にも聞こえぬやうに /藤原はつみ
ささくれの心、という言葉に作者の心情を思う。「ふるさと」を歌うことで自分の気持ちを安らぐ場所へ逃がしてあげているように思った。

生まれた地それと思わず『ふるさと』の歌は遠くを想いて歌う /行正健志 
もしかしたらこの歌のようなことを思っている人は意外に多くいるかもしれませんが、歌で詠んであるのは初めて読みました。漠然とした「遠く」という言葉。ほかに「ふるさと」があるような。とても面白い一首です。

同じ「ふるさと」でも歌は様々。


次に最近の歌二首。

オルゴールの「君をのせて」の鳴り出せば児は耳をつけ頭傾く /平田優子
天空の城ラピュタの曲。これは歌詞を知っていると面白いです。‘地球はまわーるー 君をのーせーてー・・・‘。傾く子どもが地軸のようにも思えてきます。小さい子がオルゴールに聴き入る様子がかわいいです。

電柱のそば雨降りの朝に咲く「ばらの花」あのイントロが鳴る /吉岡昌俊
くるりの曲。いろんな人がカバーしている人気の曲でしたが知りませんでした。聴いてみるとかわいいイントロの後‘雨降りの~・・‘と始まりました。この一首の中で「ばらの花」という語は、本物のばらでもあり曲名でもある、という詠み方がされています。何かを見て何かを思い出す、というのは楽しいものです。


以上双子歌おしまい☆彡

塔2月号 作品2その4☆彡

03 /08 2019

続き☆彡

アパルトマンの壁が月ほどしろく照りいつもの角とはおもわずに超ゆ /中田明子
幻想的でとてもきれい。壁は、月の光をうけて照っているのだろうか。まばゆさに、作者が違う世界に入っていくような雰囲気が印象に残った。

手のひらにパールのピアスころがして痛くなければ飲みこみたかった /椛沢知世
小さく美しく光るパール。飲みこみたいという作者の衝動が面白い。痛いから飲むことは出来ないというパールのピアス、もし飲みこむことが出来れば、美しさだけではないものが作者の一部となる。もしかしたら、作者はそれが今欲しいのかもしれない。

うそつきで仲間はづれにあつた秋ひとりの下校がなぜかうれしく /河野純子
一人の下校。それがうれしい作者。クラスメイトから離れた場所にようやく行けた、というようなさばさばした自由さを感じた。

地面師と呼ばれる者らの来し方をなぜか知りたい行く末はいい /白井真之
「地面師」に絞って詠っているところが面白い。「なぜか知りたい」というふうに作者は自分でもよく分からないけど、気になっている。「なぜか知りたい」に作者の深淵にはなにがあるのだろうと、読んでいる側として気になってしまう。

生きるしかないから生きる平日の休みに映画館へも行って /田宮智美
平日の映画館、作者にとっては特に楽しいものではないようだ。生きている限りは一日を何かをしてこなさなければ、という小さな圧のようなものを感じているように思う。

コンビニの袋の取っ手を渡される触れない指のうつくしいまち /徳田浩美
日々を暮しているまち。暮らしにくいこともなく便利だけれど、作者とまちとがお互いに浸透するほどの近さはない。越してきて間もないまちなのだろうか。いつか離れる一時的なまちなのだろうか。「触れない指のうつくしいまち」がとてもいいです。


塔2月号 作品2その3☆彡

03 /08 2019
3月21日に福岡市美術館がリニューアルオープンする。
”それにともない地下鉄「大濠公園駅」に「福岡市美術館口」という副駅名が付きました。今日は同駅入り口の表示の張替え作業が行われ、作業の方たちはてんてこ舞いの一日となりました”と、昨日の夕方のニュースが伝えていた(文中筆者による誇大表現あり)。大濠公園というのは市内にある大きくて気持ちのいい公園。美術館はその縁にあります。美術館、オープン直後は人が多そうなので見計らっていこうと思ってます。


パンクした自転車を押すこうやって父の車椅子もきっと押す /田村穂隆
パンクした自転車も父の車椅子も、何事もない明るい世界という場所からほんのわずか、はずれている。父の車椅子は実際にはまだ起こっていもいないことだけれど作者はそういう想いにふととらわれた。「きっと押す」という言葉の強さがイメージを鮮やかにしてると思った。自転車と父、どちらも作者にはさみしくまた大切なものなのだろう。

夕食の秋刀魚にレモンはおかしいと施設替えを母は言いたり /大江いくの
施設側は単にアレンジのつもりだったと思うけど、かぼすと秋刀魚という定番の形が崩れていることが大きな不安となってしまった。人から見ると些細なことでも本人にとっては大事なことというものはある。そこから不安になる、というの確かにあると思う。

頷いてくれるあなたを視界から外さぬように立ち位置決める /竹田伊波礼
「視界から外さぬように」。緊張感と「あなた」の存在の心強さが伝わる。作者の、やり遂げよう、という気持ちも伝わってくる。前に出て話す、というのはタイヘンだ。

楽しくない楽しくないよな、楽しくない。お前が居るからとりあえず学校 
/川又郁人

自問自答している上の句の自然さがいい。結句のポンとした投げやりの感じも一首のだるそうな気分にあっていていいと思う。

頸すぢに息が降り来ぬ密着の集合写真の上段はだれ /吉田京子
集合写真、例えば塔の全国大会の集合写真などはわっと集まって前後左右よく分からない。後ろにおいては全く分からない。ちょっとした得体の知れなさのようなものが「頸すぢに息が降り来ぬ」に表現されている。後ろをふり向くのはためらわれる、微妙な気持ち。

サンダルがなかなか脱げず足を振る女(ひと)が向かひのベランダに居る /松井洋子
サンダルが脱げずに足を振る、誰もが一度は経験しているような。時間にしてみればほんの数秒のことでも、サンダルを脱ごうとしている当人にとっては意外に長い。面白いワンシーン。

一昨日の赤煉瓦歌会☆彡

03 /05 2019

一昨日、三月三日の赤煉瓦歌会は選者派遣で小林幸子さんがいらっしゃいました。参加者10名、小林さん1名の計11名。急に来れなくなったメンバーがいて残念。楽しみにしていたでしょうに。
小林さん、歌会会場の赤煉瓦文化館を素敵ねえ、いいわねえ、と嬉しそうにされていました。(よかった!)


歌会は題詠と自由詠をそれぞれ一首づつ。題は「橋」。
皆の歌について小林さんからの全体的なアドバイスとしては、言葉が詰まりがち・言葉が多い、もう少し空間がほしい、一首のなかでのためや流れを工夫する、冗長にならないように、などがありました。基本的なことがあまりできていなかった、とも言えるので今後気をつけていきたい。

歌会の後は近所で昼食。小林さんのお話が面白くとても楽しかったです!

昼食後は小林さんのご希望で九大医学部敷地内にある長塚節の歌碑へと行きました。長塚節は咽頭結核を患い大正四年に三七歳で、この地で亡くなりました。


〈しろがねの鍼打つごとききりぎりす幾夜はへなばすずしかるらむ〉 



小林さん、遠いところを来ていただきましてありがとうございました。

塔2月号 作品2☆彡その2

02 /25 2019
今週にはもう三月になる。はやい。『風雲児たち』という漫画を読んでます。昨日読んだ17巻では間宮林蔵が亡くなりました(1844年天保15年2月26日)。今日は2月25日なのでほぼ175年前。

作品2その2

みた夢を覚めて忘れることもある昨日の続きの帽子を作る /西村清子
「昨日の続きの帽子を作る」。自分の存在を手触りで感じながらも、すとっと抜け落ちている夢のあてどなさが伝わる。

アーケードのはずれに残る時計屋はキティもまじえ時計に埋まる /萩尾マリ子
時計屋自体が時計に埋まるというのが面白い。キティという昔の時代を表すキャラクター。タイムスリップした空間に存在しているよう。

将来の夢は何かと子に問われ言葉につまりきまだ詰まりおり /井上雅史
もう大人である作者に「将来の夢」を聞く幼い子。作者のはっとした気持ち。答えることの難しさ。「言葉につまりきまだ詰まりおり」がいい。

君が識る漢字のひとつまたひとつ書きうつしゆく 浜辺はひろい /小田桐夕
識る、という言葉。しっかりとした意志を持って書かれた漢字の書物かなにかを書き写しているのかなと思う。浜辺はひろい、というのはその世界の果てしなさみたいなものだろう。

足の爪は月に一回赤く塗る胎児のように背をまるめて /帷子つらね
並んでいる言葉が面白い。赤や胎児、まるくなるといった言葉から、月に一度、生まれ変わっているように感じる。

もがいてる人をながめて湯に浸かる、だけの一日だった気がする /月下香
湯に浸かる、という平穏。もがいている人との間には大きな差がある。もがいている人への羨望も少しあるのではないかと思う。

〈ここまでのあらすじ〉彼は結婚し家と職場を行き来してゐた /益田克行
たんたんとしていて面白い。〈あらすじ〉だと人生は一行におさまるものなんだなあと思った。

ukaji akiko

塔短歌会。福岡市在住。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。