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『2566日目』東日本大震災から七年を詠む

09 /24 2018
塔の会員十六名による『2566日目』。それぞれ連作十首とエッセイ、震災後初めて詠んだ一首、が載っています。震災から七年、周辺(人や事柄)の変化、そして特に作者の心情の細やかな揺れや変化が伝わってくる歌があります。


ここからは真っ暗な街が見えていた昔語りのようなささやき /井上雅史
足元を見つめ続けている吾も透き通っては足を滑らす /井上雅史

帰るたびふるさとの道の変わりいて祖父に叱られハンドルを切る /逢坂みずき

帰還といふことば上手に扱へずましてその先のことはわからず /小林真代

三陸の海おだやかで耳鳴りのような記憶をまた持て余す /佐藤涼子

人影が沖を見て居り何思ふ七年過ぎて波寄する浜辺 /鈴木修治

さくらばなインスタグラムにあげておりはかなくとおくなりし東北 /田中濯

穏やかな春の陽差しのそのなかにダリアの丸き根を植ゑてゆく /梶原さい子
梶原さんの連作「球根」は、球根を植えるというやさしく明るい歌を一首目に、なかほどは震災時の歌が並びます。土を掘る埋めるという言葉が震災の時は悲しいものであり、今は球根を植えて希望を持つもの持ちたいものとして詠まれています。

歌、エッセイを読んで、七年という時間の経過にランドセルを背負うお子さんがいたり社会人になった方がいたりと、それぞれの作者のかたにそれぞれの時間が流れていることをあらためて思いました。


塔8月号 月集、作品1☆彡

09 /13 2018
塔9月号が届きました。ありがとうございます。

いまニュースで被災地という言葉を聞くと一瞬どこのことを言っているのか分からない時があります。北海道の地震、大阪の台風、西日本豪雨と、今年は立て続けに大きな災害が起こりました。



月集
眠る前かならずわれを抱き締めて祖母は言ひにき「森に迷ふな」 /栗木京子
「森に迷ふな」。幼い頃は「森」は「森」として思っていたかもしれない。大人になるにつれ「森」という言葉がもっと大きな違った意味合いを持つものになっていったのではないかと思う。

けふはどの絵の前に立つのだらう人影あらぬ画廊に入りぬ /上杉和子
絵の前に立つのは作者なのか、作者が見ている人なのか。私は作者のような気がしました。その時の気持ちで魅かれる絵が違い、自分でどの絵の前に立つか分からない。自分の気持ちが選ぶものを確認するようで不思議な感じです。

風邪三日何かなつかしい病み心地母が近くにゐるかのやうで /角田恒子
病んでいる時は、きつかったり心細かったりするのではないかと思うけど、作者が感じるのは「なつかしい病み心地」。昔、母が看病してくれた安心感などが思い出されたのだろう。

あ、夜だ 障子破りてその穴に顔をはめたる息子が言へり /澤村斉美
「あ、夜だ」は不思議な言い方。夜が突然ぽんと訪れたような。障子は窓ガラスと違って外の景色が見えないから子どもにとっては突然の夜だった。動作も言葉もかわいい。


作品1

失敗しても定時で帰る 星か雪みたいに腋の汗がつめたい /上澄眠
定時だから帰っていいよ、とでも言われたのかな。失敗したこと、それを残して帰ること。作者としては申し訳ない気持ちと、どこかそのことを遠くに感じる自分もいたのかもしれない。腋の汗のつめたさを「星か雪みたい」、という表現にびっくりする。やっぱり、ちょっと遠い自分を感じているのではないかな。

植物の言葉がわかるようになり夫の言葉が音になりゆく /中山悦子
植物の言葉というのは、自分の心の声なんじゃないかとおもう。自分と夫に少しずれのようなものを感じはじめているような感じをうけました。

皺のよるピーマンを切り賞味期限切れの鯖缶開くる夕餉よ /白石瑞紀
ピーマンをよく見ているなあ。皺のあるピーマンと期限切れの鯖缶。「夕餉よ」に作者の気持ちがあり、食材とその手作業だけのシンプルな歌ですが魅かれます。

にんげんのおんなの足の膨れゆく夕ぐれという時間があかい /金田光世
ひらがなの「にんげんのおんな」のなまなましさ。夕暮れ、街におんなのあしばかりが動いているように見えます。「夕ぐれという時間があかい」には人間の気持ちや営みが膨張していってるように感じました。

初めてのゴールテープがこわくって一年生はくぐりて一位 /杜野 泉
一位だったのにゴールテープにぶつかっていくのが怖かった。普段の生活ではゴールテープなど現れないし、いくらゴールでも、打ち破る(ような)動作はなんとなくコワいものかも。

水揚げがなければ消えゆく生業の 氷の販売はやめました /小林真代
自分がしている仕事、周囲とは関係なく自分だけで成り立っていく仕事というのは無いのだろう。

やがて静かな色彩の栞紐だろう あなたもわたしもやがて静かな /大森静佳
「色彩の栞紐」。色彩というのは記憶のようなものではないかと思いました。栞紐のように静かに、後の時間が積まれていく。

塔8月号 若葉集☆彡

09 /10 2018
若葉集☆彡

夜 君の爪を切る音聴きながら卵置き場に並べるたまご /近江瞬
静かな二人。爪を切る音。その音を聴きながら卵を並べる。冷蔵庫の卵置き場に並べる時、用心深く卵を持って、そっと置く感じ。静か・・・。

ももいろのアイドルグループコンサート三万人は農道を帰る /きよとも
アイドルグループ、色のイメージとしてはやっぱりももいろかな。普段は人がそんなに多くない場所なのだろう。コンサートが無ければ歩くこともなかった農道を三万人も歩いてる。アイドルと農道の組み合わせ、景色がおもしろです。

朝ごはん やさしくしたい人にさえやさしくできず 食べて仕事へ /小西白今日
「朝ごはん」と「食べて仕事へ」の間に一字あけで作者の心情が置かれています。一日の最初の食事の時に出来ることならそんなこと思いたくないだろう。自分と向き合う作者の気持ちが伝わってきます.。

飛んでいるものみな全て美しい大家の青い布団はためく /佐原八重
「大家の青い布団」っておもしろいです。ベランダに干してある青い布団がはためいていて、飛んでいる鳥や飛行機を励ましているようにも思えます。「いいよなあ、飛べて!」と羨望もあるような。

人もまた調律せねばこはれゆかむ鍵盤拭いて調律師帰りぬ ./瀧本倫子
人の調律。例えば落ち込んだ時に自分で解決したり、人から手助けしてもらったり。調律師を見ながら調律師のこと、そして自分のことを思ったのだろう。

深夜0時バットの素振りダウンスイング素振りの時はダウンスイング /峠秋太郎
一見繰り返しっぽいけど同じではなく、伝えようとしていることも違う。0時に一人呟くようにバットを振っている作者が見えるようで楽しい。

ぶかぶかのながぐつはいてまっすぐに水たまりなぞわってゆくらし /永野千尋
こういうことをする子供の姿、見ます。昔、したことある人も多いと思う。水たまりをずずずと長ぐつで行く時のちょとした不安定さが楽しい。「らし」が子どもを見守っている感じがしていいなと思います。

川土手を追ひ越してゆく少年の背中陰りぬ木の下闇に /灰岡裕美
明るい川土手の情景がすっと暗くなる。少年の持つなにかの一面がふと現れたように見えました。

毎朝をすごした浜の風遠く父は個室に海苔をあつめる /若月カコ
個室というのは病院でしょうか。父は海のすぐそばに住んでいたか、海で働いていたのかもしれない。「海苔をあつめる」というのは何だろうと、私が思ったのは病院の食事に個包装の海苔が付いていて、それが毎回は食べないからたまってしまったのかなと。「個室に海苔をあつめる」、浜から遠くなった父のさみしさがあると思います。

塔8月号 作品2その2☆彡

09 /10 2018
今日は涼しくて、夏はずっと前のことみたいです。


作品2☆彡

寝転んで見る昼の月 透けそうで透けない楓の葉の隙間から /椛沢知世
景がとてもきれい。淡い昼の月、楓の葉を通る陽。寝転んで、というのが気持ち解かれている感じでいいなと思います。

豆腐屋の録音された笛の音のもの悲しくて豆腐買うたる /北野中子
本物の豆腐屋の笛の音ももの悲しいと思うけど、録音の音にはまた違った悲しさを感じたのだろう。なんだかいてもたってもいられないような思いで豆腐を買いに行ったように感じました。

紙束の小口に糊をたっぷりと縫って昭和のメモ帳つくる /佐藤涼子
昔は紙の再利用としてメモ帳を作ったりしていた。昭和のメモ帳、というネーミングが、確かになあ・・・と思います。

リュウグウノツカイのような尾をひいて祖母の家から霊柩車ゆく /小松岬
神秘的な感じのするリュウグウノツカイ。祖母が行く場所というのは美しい場所であるような、そうであったら、という願いのようなものがあるのでは、と思いました。

「富士見える窓のやうだな」病室のカレンダー指し笑みたり父は /栗山洋子
冗談のように明るいことを言う父。父の明るさに周囲の者の心が明るくなり、救われるところがあると思う。父と作者のお互いのいたわりを思います。

帆を張つて君は出てゆく私にはいつも眺めてゐるだけの海 /髙野岬
上句に海の奥行を、下句では平面を感じておもしろい。帆を張る君、の大きくて前へ進んでいくような雰囲気などが浮かんできます。

演出に「えっ」の言い方ただされて一人になりて「えっ」を繰り返す /石川泊子
これはむつかしそう。一人で「えっ」を練習する作者の姿がこちらから見ると少し可笑しい。

片方の靴の中敷道端にありしが日ごと真中へ寄りぬ /白梅
ペタッとした靴の中敷き。足のかたちというものが日に日に動くというところが怖くて面白いです。靴とはまた違う雰囲気があります。

簡単に売り子へパンの感想を言って仕事に向かう平日 /深井克彦
自分の仕事に向かう前に、人の仕事へ協力をしている作者。売り子さんは簡単にでも感想を言ってもらえると嬉しいだろう。気が良い作者のように思いました。まじめだけどどことなくおかしみもある歌です。

海を見に行かうと君に伝へたらもう満たされてしまふ気がする /濱松哲朗
海を見に行こう、と伝えるだけで満たされる。君との間にすでに通じ合っているものがあるからじゃないかと思う。海が想いの形そのもののようで溢れてきそうです。いいなと思います。

スナフキンのイメージと亡子(こ)は言はれゐき「ムーミン谷」の暦にて逢ふ /金田和子
どことなく大人で周囲とは違うスナフキン。カレンダーの中に亡き子に似てるスナフキンと逢うというのがはっとする。子と重ねてじっと見つめたように思いました。

わたくしに特別五個をくれるといふ栃の実を未だ見たこともなく /西内絹枝
特別に五個とまで言われているのに。本当にあるのだろうか、と作者も思っているだろうところがおもしろいです。

塔8月号 作品2その1☆彡

09 /06 2018
作品2、若葉集、月集作品1、の順番でします。先月7月号の月集と作品1をしていなかったのでそれは後でします。


作品2

まだ二人別の食材選んでは帰り着く場所を家と呼びおり /中井スピカ
「まだ」、からふたりの関係性がうかがえます。それぞれ自分が食べたいものを買っているけれど帰る場所は同じ。「家」という言葉が明るさと苦みとを伝えていると思います。

居間を飛ぶ蠅の無数の目に映る世界すべてが益田家の居間 /益田克行
蠅の複眼から見える益田家の居間。それを想像してしまう。椅子や壁やカーテンが迫りくる。「世界」は「益田家の居間」なのだという大きな出かたが面白いです。

両親の形見を着ている兄と我たがいの服装せつなく笑う /あかり
あたたかい歌。嬉しいようなさみしいような「せつなく笑う」がいいです。

坂の上(え)に喫煙所ひとつだけあり 煙草を吸うため坂のぼる人 /石橋泰奈
喫煙所も少なくなってしまったこの頃。人混みの中でなければ外のほうが気持ちいいし吸っていいと思いますが、律義な人なのだろう。シンプルな歌いかた。

月を見るように遠くに目をやれど六畳一間に<遠く>はあらず /福西直美
何かの想いがあって、遠くを、ここでは月を想ってみようとしたけど、叶わず現実に着地する。でも落胆ではなくそこで踏ん張るような前向きな感じがします。

薄鼠のニットのベストのやさしさに包まれてゐる生まれた日から /大江美典
とてもやさしい歌。薄鼠のニットのベストは作者が生まれた時に抱っこしてくれた人が着ていたのだろう。生まれた日からずっと優しさに包まれていると感じている作者。読んで幸せな気持ちになる。

抽象画めぐり観てのち白き皿に有頭海老をまじまじと見る /久川康子
白い皿のうえの海老のリアルな姿。目や触覚、口など海老の頭にあるこまごまとしたもの。抽象画に慣れていた目にくっきり。

昼下がり銀のボウルで水をまく「松」の店主の横顔を見た /吉岡昌俊
どんな横顔なのかは詠われていない。「横顔を見た」が大事なのだろう。作者は店主の正面の顔ならよく知っている。営業時間外の姿自体も「横顔」、ということかな。銀のボウルも光っている。

ワイシャツの腕の部分を折りあげて海辺のような感じでわらう /山名聡美
海辺とあるからか、折りあげられるワイシャツの腕が波のようにも思える。「海辺のような感じでわらう」、自然で穏やかでいいなと思います。

影だけになってはいないと思いつつ息子の靴をよけながら脱ぐ /竹田伊波礼
家族のなかでの自分の存在。玄関の息子の靴が妙に大きく感じたのだろう。自分のほうがまだ上なんだからな、みたいな気持ちか。「よけながら脱ぐ」がとてもいいと思いました。

遠くから呼ばれたようで振り返るふっつりと止みし右の耳鳴り /中野敦子
いつも鳴っている耳鳴り。それが日常だから、耳鳴りが止んだ時にはっと意識する。なんだか呼ばれたような、と振り返る。様々な音のなかに佇んでいる作者が浮かびあがります。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!