FC2ブログ

登山の勝敗どうやって?

ブログ
08 /13 2018
山岳部の登山大会の勝敗はどういうふうに決まるのか??

ということをしばらく前のブログで書きました。すこしでも想像してくださった方へ、答え。(ざっとしてますが)

ルートを正確に早くゴールしたチームが勝ち!ということではなくて、それはそれはこまごまと採点されるようです。


まず登山の前に現地での筆記試験。

1チーム4人なのですが、それぞれが、天気、気象、地形地物、医療、に分かれての受験。気象のテストはラジオを聴きながら天気図を描くのだそうで、そんなこと出来る高校生がたくさんいるのか・・とたいそう驚きました。娘も、気象はむつかしい、覚えればいいのと違うけん。と言っていました。医療担当だった娘は、熱中症やケガの手当て、食塩を混ぜた飲料水の作り方とか、なんかそんなことを準備していたみたいです。


あとは、
起床時間(3時)から始まり、テントの張り方仕舞い方とそれにかかる時間、リュックの重量(14~16キロくらい、男女1キロくらい違う)がピシッと正確か、持ち物検査(審査員が適当に言う5点を揃えて出せるか)、食事については調理の仕方、食材の適正。など。他にもこまごま。


登山最中については、
登山中に隊列が崩れてないか、きつそうな登り方をしてないか(例えば膝に手をついてよいしょ、と登ったり、近くの石とかに手をついてよいしょって感じで登ったら‘体力‘の項目で減点)、など。


そして、これが大事なんだろうと思われるのが、登山道に置かれた目印を地図上にマークする、という作業。縮尺がいくらかよく知りませんが、どうもちょこっ!とずれただけでも、マイナス0・1点などつくようです。

時間内にゴールすればいいらしくその順番は点数には関係ないということです。

今回100点満点の学校があってすごいな、と思いました。

選手以外にも、大会で登山をずっとサポートする地元の高校生が頑張ってくれていたと聞きました。おつかれさまでした。


以上、山岳部の登山大会「はやけりゃいいってもんじゃない」の記事を終わります。答えを想像してくださったかたありがとうございます☆彡

塔7月号 作品2その2☆彡

08 /12 2018
山岳部の子どもが三重県での大会から先日帰ってきました。今年は暑かったので、大会コースの道のりが急遽短くなったそうです。臨機応変にしてもらえてよかったです。娘の高校は47都道府県中23位でした。女子1位は防府高校(山口)、男子1位は修道高校(広島)。修道高校は100点満点の1位だそうです。すごい!



塔7月号の作品2、今月は作品2は前記事とこの記事分です☆彡

七歳の私の努力を知っている鉄棒は遊具なんかじゃなかった /和田かな子
逆上がりをたくさん練習したのでしょう。「努力した」じゃなくて鉄棒が「努力を知っている」というところに、鉄棒へのいろんな気持ちがある。手のひらの痛さなども想像されます。

銀杏は熱をふふみてこれからもあなたに敵はない気がしてゐる /小田桐夕
煎った銀杏の熱さ、硬さ、殻のなかの鮮やかな色。小さいけど確固としたものを作者は感じて、あなたに重ねています。勝ち負けなどの場所ではなく、「敵はない」という場所にいるのはなかなかすごいです。敵にならない、敵とみなさない、そんな強さでしょうか。

「退屈でしょう」と言われる大丈夫まだながめることができるから /金丸繁利
退屈というものに対して作者は辛抱強い。特別でも何でもないものをながめる、ということ、ながめるという行為そのものが実は退屈なことではないんだ、と思いました。刺激的なものばかりに常にに囲まれてるとそれが普通になってイカンです。と、思いました。

もし朝が来たらわたしが嬉しがる小さい事を三つして寝る /吉岡昌俊
「もし」がつくことが不思議な一首。「もし」から続く事柄はとても面白いけど、「もし」があるので一首が儚さをともなう歌になっています。

残りたるわずかな雪を蹴散らして何を克服したるかおまえ /三上糸志
お子さんの行動かな。てやーっ!てやーっ!と目に見えるようです。「何を克服したるかおまえ」、と、とくに何も克服していないのかもしれませんが、そんなふうな勢いがユーモラスに伝わってきます。

春 木下闇が近づく時季だから椅子のネジをしめ直してる /希屋の浦
春は明るさとともに闇も近づいてくる。闇はひっそり近づく感じ。それをこちら側も、椅子のネジという目につかないひっそりとしたものをしめ直して迎える。対抗する感じでしょうか。静けさがいいです。

目の中に入れても痛くないってさ痛いのいたいのあなたのとなり /黒川しゆう
他の歌に姪っ子が登場しているので、「あなた」は姪っ子のことだろう。「痛くないってさ」の軽い表現だけど、続く下句にきりきりとした痛みが伝わります。姪っ子だから歳が離れていそうだけどそう感じるのか、自分が小さい頃を思い出しているのか、など思いました。

すり減ると夫はオレンジ買ってくる緑の袋の青果店より /丸本ふみ
「すり減ると」、という大きな詠み方がいいと思います。夫がすり減っているとわかる作者。オレンジは一緒に食べたのだろう。

二年目の熊本地震朗読会「地震と文学」の意味に悩みぬ /向井ゆき子
うーん、私も意味が分かりません・・・。「地震と文学」・・・。作者は熊本の方。「地震朗読会」で朗読されるのはどんなものなのでしょうか。地震のことを詠んだ歌や詩、日記でしょうか。でも「地震と文学」は変な感じですね。

落葉から土にかえってゆくまでの途中のかけら踏みてゆきけり /山名聡美
名前がないもの、あっても知らないものは世界にたくさんあるけど、そういうものに触れている歌。自分が触れているものを感じて見つめるというのは大事だなあ。作者はなにか、はっきりとは名前が付かないような気持ちでいたのではないかな。

塔7月号 作品2その1☆彡

08 /12 2018
ここ数日、ほんの少しではありますが暑さがやわらいでいるようです。と、いっても35℃くらいはあり、道々、ベビーカーを押すお母さんや抱っこして荷物提げてるお母さんもいて、大変だ…、と思います。自分もかつてしていたことですが今その体力はない模様です。


作品2☆彡

レポート紙の吾の文(ふみ)如何に思いしか姉は便せん三冊送り来 /松竹洋子
「如何に思いしか」。あまり何も考えずにレポート紙で送った作者の思案。姉の気持ちは姉に聞かないと分かりませんが、いくつか予想がたつところが面白いです。三冊も送るところが`お姉さん‘らしい。

灰色の雲の真中にうっすらと虹の見えるを子が言えば見る /井上雅史
子が言うからそちらを見る、ということで、作者に虹が見えたかどうかはこの歌からははっきりとは分からない。そこがとてもいいなと思います。

なぜだろうトイレにいろいろ貼る母はいったい何を求めているの /中村寛之
作者は学生さんなのでしょうか。なぜだろう、の初句がいいと思います。地図や年表や化学式を貼って、「自分に何を求めているの」という疑問だろうと思いました。トイレという場所の限定がいいです。

ただひとり赤信号で渡りゆく細き首した背広の男 /横山敦子
車が来てないと渡りたいなーと思うけど大きな通りだとなかなか目立つ。そういう共通の思いからはずれる「ただひとり」でもあるわけだ。それも渡りそうにない「細き首」の男。ギャップもいいと思いました。

るるるって電話が鳴ってさみしいと岬の丘の伯母から電話 /安倍光恵
「るるるって電話が鳴って」。「るるる」の語感がやわらかく少し甘い感じもして、伯母のイメージや作者の伯母に対しての愛情などが含まれているように思います。

もう三周している穴子の皿を取るぼくが誰かにされたいように /多田なの
皿を取る動作は、すくう(救いだす)、というイメージも湧きます。取られない穴子の皿は悲しい。作者は穴子の皿と自分を重ねて、穴子を取る。そういうふうにして願って、頑張っている。

電子辞書ぱかっと開いて子は言えり「普通の事しか調べてないなぁ」 /水野直美
深い!

世間まで届かないだろうタンポポの黄色と緑と雨のしずくは /中西寒天
「世間まで届かない」というのは面白い表現だなと思いました。もやもやとわかります。

五本指のソックス履いた人が立つ 足元みながら反論をきく /宮本華
五本指のソックス履くって、細かいとこまでしっかりしてる人なんじゃないかな。人となりが、そのソックスに表れているみたいです。反論だから踏ん張っている感じもするし。作者は顔を見て聞くのと変わらない真剣さで足元を見ているのだろう。

3日のブログの続きなり

ブログ
08 /06 2018

停車中と書いてあるようですが・・。電車のなかのようです。

昨日の赤煉瓦会で3日のブログを読んでくださった方から、夢野久作の資料を持っていたからどうぞ、と新聞のコピーの資料等を頂きました。作品に出てくる福岡の地名のこと、絵のこと等の資料です。ありがとうございます!

夢野久作は絵がとても上手だったらしく、三年前にはスケッチ原画展が市内であっていたようです。<14歳のスケッチ初公開>と新聞に書いてあります。
スケッチの資料について、<…創作力の背景として、彼がビジュアル的に非常に敏感な人間で、物事を正確に見ることが出来る素質を早くから備えていたことを示す資料>とも書かれてあります。

短歌を作る時も自分の目が見てる景色や映像って大事で切り離せないなと思います。

私は「ドグラ・マグラ」ってどんなの、と思ってもうかな~り前にぱらぱらとめくって、そのまま読んでません。作品を読んでないので夢野久作さんにはちょっと申し訳ないけど、「百年前の自由画展」には行きたいなと思ってます。

クラスにいそうな名前なり

ブログ
08 /04 2018


福岡市博物館で開催の「鈴木春信 ボストン美術館浮世絵名品展」に行きました。

鈴木春信は1725年(推定)生まれ。浮世絵師としての活動は1760年から、たった10年間ということです。

会場あった年表には春信が活躍し始めた頃、葛飾北斎誕生、と書いてありました。北斎や歌麿の先輩です。

特徴としては、二色くらいしか使わなかった浮世絵(紅摺絵)を多色摺(錦絵)に移行させた、ということらしく、展示されている浮世絵の色彩が春信登場の前後でずいぶんと変わりきれいでした。

<絵暦>という種類の浮世絵では、絵をよーーく見ると、乙、丙、とか、一、二、とか月の暦に合わせて文字や数字が絵のなかに隠して描いてあり、面白くてふ~んと思って見ました。

古今和歌集をもとにして「見立て」て描いたもの、背景に和歌が書かれたものなどもあります。

はじめから、まじまじとゆっくり鑑賞していたのですごく時間がかかりました。顔も似ているし、最後はちょっと疲れてしまいました。

絵が刷られて、多くの人の手にわたって、人はその版画を喜んで・・・、と、文化だな~と思います。

ukaji akiko

塔短歌会。ふだんは赤煉瓦歌会に参加しています。スガシカオ好き。気軽に好きなことを書いてゆこうと思います。

プロフィール欄がなぜか二つになっていて直りません。

Happy go Lucky!