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ミニミニリサーチ、その結果☆彡

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12 /12 2019

先週末、近所の西南学院大学で開催された読書教養講座「言葉がこぼれる時」を聴きに行きました。講師は俵万智さんと松村由利子さん。いろいろなお話があったのですがそのなかで若い人たちの読解力に触れる話が少し出ました。


花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった /吉川宏志


この歌を「愛を告げなかった」歌として読まれていることも多い、ということが挙げられました。

たいそう驚きました。
さらに、一緒に来ていた二十代前半の女性も「告げてない」と思う、と。
帰宅後、子達にどう思うか聞いたところ「告げていない」のでは、と。

よし、と思って自分の中で何度もこの歌を反芻して「告げていなかった」、に持ってってみることを試みました。
…う~ん………

すごく気になって、娘に友達の何人かに機会があったらちょっと聞いてみて、と言っていたところインスタグラムで聞いてくれていたようでした(いつもは私の言うことはあまり聞いてくれないのに感謝!ありがと!)

質問を見てくれた人が47人。
そのなかの何人が回答したかは分かりませんがミニミニ参考として。

結果
「告げた」46%
「告げなかった」54%

ということです。


この出来事で私が今思っていることは
・「読み」と「読解力」の違い
・「読み」や「読解」は「読み」や「読解」よりも先にその人の考え方がきてしまうものかもしれない
・考え方というのは今の時代の生き方に影響されるかもしれない

など。上手くまとまっていないし当たり前のことかもしれないけれどそんなところです。

塔11月号 作品2その2☆彡

12 /06 2019

雨が降ってきました。
二、三行の評と感想ですが私はとても時間がかかるのでお腹もすきました。
ピロシキとボルシチ、ロシアンティー、ぽんっとテーブルに出てほしいです。


作品2その2☆彡

雨上がり片方だけの作業靴が歩くがごときズブ濡れの鳩 /深井克彦
「片方だけの作業靴が歩くがごとき」…。作業靴、鳩、作者のどれもが独り。「ズブ濡れ」に何かに打ちのめされたような重みがある。

甘き風出入してゐる幼子の丘のごときに春は咲き満つ /本田光湖
まるくやわらかな幼子のからだ。呼吸のことだろう、甘き風の出入という表現が優しい。静かな呼吸が聞こえてきそう。

自転車がかがやくために朝が在るアパートの壁際の木曜 /吉岡昌俊
自転車の輝きが目に浮かぶ。これは今から乗る自分の自転車ではないだろうか、親しい視線があるように思った。「アパートの壁際の木曜」がとてもいいと思う。

ヒロシマ忌しづかに過ぎてつみかさなる回転寿司の皿かぞへをり /宮本背水
静かに過ぎたヒロシマ忌。その時に作者に流れていた時間。それを確認するかのように数えている回転寿司の皿がとてもいいと思う。幾たびも訪れるヒロシマ忌と積まれている皿とが遠くの方で繋がっているようにも思える。

いつの日にか「月がきれい」と言ったのにベッドの側の雨戸を閉めた /山田トシ子
状況の変化というものを思った。環境が変わったのか、自分の気持ちが変わったのか。月にごめんという気持ちと、戸を閉めてしまう自分への寂しさもあるのではないかと思う。

「了解」のたつた二文字がさざなみのやうにさびしいゆふぐれの来ぬ /千葉優作
送られてきた「了解」。誰からのものか。それはそれ以外の表情が何も見えない、さびしい言葉として届いてしまった。たった二文字の言葉が作者にさびしい夕ぐれを連れくる。三句目からの調べがやさしいです。

散水に疲るる夕べある時は水の穂上げて虹を立たせたり /西山千鶴子
「虹を立たせたり」までの作者の一連の気持ちの変化と動きとがとても自然に詠まれているなあと思う。「水の穂」の水の曲線が目に浮かんできます。

旧仮名を何故選びしかと問はれたり 母の手紙の「さやうなら」好き /河上奈津代
母からの手紙の「さやうなら」の文字。母の手紙の結びにいつもある言葉なのではないだろうか。作者には旧仮名の優しさと母が重なるのだろう。

(作品2終わり)

塔11月号 作品2その1☆彡

12 /06 2019
福岡市も一昨日くらいから気温がぐっと下がり冬っぽくなってきました。
ほかほか温かくて美味しいものが、ぽんっとテーブルに出てほしいです…。

作品2 その1☆彡

若き日の祖父と祖母とが笑いたりブリキの船の窓の明かりに /瀧川和麿
作者は祖父母に愛されていたのだろう。昔を思わせるブリキの船の模型。その窓の中に作者が見ている祖父と祖母が明かりに包まれ温かい。

触れるものみな熱をもつ真昼間のメダカの鉢に氷入れたり /黒木浩子
うだるような暑さの真昼間。そのなかにある冷たい氷のひとかけら。氷と氷を持つ指先の冷ややかさ。

乱暴に髪を乾かす 風のあるところに立てば旅なのだから /田村穂隆
自分を遠くへ行かせたいという憧れを思った。「乱暴に髪を乾かす」からは持て余している力があることを思う。作者がいる場所は洗面所なのだろうが風の吹く平原に立っているようだ。

ネイビーとグレーのパンプス玄関に並べて交互に似た日々を行く /紫野春
ネイビーとグレーという似た系統の色、パンプスの平らかさ。似ている日常が続く感じが伝わる。「交互に」が歩いている感じも出ていていいです。

出来うる限りの形相を持て睨みみてもこの腕時計の針は止まらず /近藤真啓
秒単位か分単位かとにかく時間が足りない状態なのだろう。「出来うる限りの形相」がすごい。こちらの気持ちなどまるで構わない時計の時計としての役目も思う。

少しずつ祖母の手に似てくる母の手だ ぼくはそろそろ家を出ていく /川又郁人
母の手を見て母にも自分にも過ぎていく時間を思った作者。「ぼくはそろそろ家を出ていく」という一つの区切りを前にして普段気にしていなかった細部に視線と想いが及んだのだろう。

十九時の残照あわく、街路樹に繋がれている犬の小さき舌 /山川仁帆
十九時の残照のなかの一匹の犬のその小さな舌。それだけが淡く広がる景色の中で生きているもののようにある不思議。

紫陽花と言へば次の角あぢさゐと小さく言ふ子と手をつなぎゆく /澤﨑光子
紫陽花を知らない幼い子、紫陽花よと教えてもらって次の角でまた出会う紫陽花。覚えたことを言う嬉しさと、少し自信がなかったのか「小さく言ふ」とがやわらかく伝わります。



一昨日の赤煉瓦歌会☆彡

12 /03 2019

レストランから見た那珂川

今年最後の赤煉瓦歌会は東京歌会からの参加者あり、久しぶりの参加者ありの計11名。とても嬉しい歌会となりました。

自由詠と題詠「鳥(鳥の名前も可)」の各一首。


他の歌会からの参加者の評は、いつもの歌会にちょっと違うエッセンスが加わわる感じで読みが深まりとてもありがたいです。
歌会終了後、隣のホテルのレストランに行きみんなで食事をしました。次に会うのは年明けです。

赤煉瓦歌会は月に一度日曜日(不定期)、9時半から12時におこなっています。三か月先までの歌会予定日は決まっているので参加ご希望の方はお気軽にご連絡ください!


塔11月号 月集、作品1☆彡

11 /29 2019

福岡はまだ陽射しが暖かいひとときがあります。暖かいからか今年は近所の公園の桜の葉の色があまり赤くならずに散っているようです。あれ?昨年もこう書いたかも。



(月集)
うっすらと明るむ空をつばめの子縦にも横にも軸なるからだ /なみの亜子
「軸なるからだ」の活力とスピード。ああ、確かにと思う。歌には飛ぶという言葉はないのに生き生きと飛ぶつばめの子の景色が見えてくる。

あの時はお世話になつたといふ事は忘れていいのだツクツクボウシよ /岩野伸子
過ぎていく時間の中ではいろいろな出来事がある。作者は人としての道理と自身の気持ちの間に挟まれているのだろう。自身に呼びかけているような結句がいいです。

目の前に持ちあげてゐるクツシタをへんに深いと夫のいひたり /大橋智恵子
面白い雰囲気の一首。まじまじと見るとおかしく見えるという物はある。「へんに深い」としか言いようがなかったクツシタ。カタカナのクツシタもいいです。

一つかと思へば二つ鳴いてゐた鳴き止みし蝉声のうしろ側 /久岡貴子
「蝉声のうしろ側」。言えそうで言えないような表現。重なり合って鳴く蝉の声の感じがとてもよく出ていると思う。

(作品1)
わたくしを誰と知らない死者たちがゐるはず紫陽花うすあをき辺り /千村久仁子
自分を誰と知らない死者たちから見つめられるという視点が面白い。「ゐるはず」という強い言葉は、見えない世界と繋がっている自身というものを意識しているから出てくる言葉なのだろう。紫陽花の周りのおぼろげな空間がぼんやり浮かんでくる。

取り戻すひとり言ありひわひわとわらう日傘の群れを離れて /朝井さとる
「取り戻すひとり言」、不思議な言葉です。自分ひとりの思考の時間に戻るということだと思う。「ひわひわ」のオノマトペもいい。

内線をつなぐときだけ貌をあげ人の名を呼ぶ仕事はできる /永田愛
「顔」ではなく「貌」という言葉。電話を繋ぐ仕事にいてあまり表情が見えない、見せない作者の姿。

筆談を終えてしばらくベランダに探すともなく星を探せり /塚本理加
相手の人に合わせての筆談だったのだろう。筆談を終えて何を思ったのだろうか。黙したまま遠くの星を探す作者の姿が浮かんでくる。

ukaji akiko

塔短歌会。福岡市在住。赤煉瓦歌会に参加しています。